カフェの空間学
世界のデザイン手法
Site specific cafe design



まえがき

 この本が出版される2019年秋は、歴史上最もバラエティに富んだカフェがこの世界に存在しているだろう。金太郎飴のようにどこでも同じ顔をしていたチェーン店も旗艦店ではまったく違う空間をつくり出している。僕の住む街の周辺だけで見ても個性豊かなカフェが次々と生まれている。
 現代の人々はスマートフォンやPCによりどこからでもアクセスできるバーチャルな場でのコミュニケーションを手に入れた反動か、以前にも増してリアルな場での営みを必要としている。どこでも同じ顔をしているアプリのインターフェイスやウェブサイトのデザインとは違う、その場その場に根付いた個性豊かなカフェを、である。

 では個性豊かなカフェとはどのようにしてつくることができるのであろうか。美味しいコーヒー、人、ホスピタリティ、様々な要因がかけ合わさって存在しているカフェであるが、ここでは特に空間という建築的側面から考察していくことにしたい。
 今日まで僕は、それぞれの場に相応しい「個性」を生み出すことを目指して、15を超える国と地域でカフェを設計してきた。
 よそ者としてお邪魔し、その地の良さを見つけ出し、核をつくり、磨き、人々の前に「個性」ある空間を引き渡すのだ。
 ……と言えば聞こえは良いが、決まった方程式があるわけでもなく、プロジェクトごとにもがきながら、答えを探し続ける終わりのない旅のようでもある。

 2018年の春先、そんな旅の軌跡を振り返る機会をいただいた。それがこの本である。
 この本は、僕が仕事やプライベートで訪れ、印象に残ったカフェを中心に、国内外計39件をカメラ、スケール、紙、ペンを持って再訪、取材し、まとめたものだ(2件は現存せず。3件は僕自身が設計者としてかかわった)。客として何気なく訪れていた時に感じた居心地の良さ、記憶に残る体験は一体どこから来ていたのか。オーナーや設計者へのインタビューからわかったことに僕の解釈を加え、それぞれのカフェがどのような意図で「個性」を構築し得たのかを読み解いてみた。
 設計の仕事に就く前から続く趣味である「スケッチ」と「写真」を中心にしているので、設計者はもちろん、建築の専門家でなくても読みやすい内容になっていると思う。
 事例は、僕が設計で常に意識している以下の三つのカテゴリーに分けて紹介する。

 1部 場所とのかかわり
 2部 人とのかかわり
 3部 時間とのかかわり

 1部では、カフェのデザインが場所そのものや周辺環境からどう影響を受け、またどう影響を与えているか。2部では、カフェを利用する人とデザインのあり方について。そして3部は、カフェに流れる様々な時のあらわれ方について考えてみた。
 先頭から順に読み進めていただいても良いし、好きなページから読んでいただいても良いと思っている。

 本書を通して、カフェの空間設計が人の営みや街の個性をつくる大切な行為であることを再認識していきたい。


加藤匡毅