カフェの空間学
世界のデザイン手法
Site specific cafe design



あとがき──空間の記憶


 1996年、隈研吾氏の元でスタートした僕の設計キャリア。当時、青山一丁目ホンダ本社ビルの裏にあった小さな2階建ての昭和木造建築に、隈氏と15名ほどのスタッフが働いていた事務所はとても印象的だった。ある先輩は浴槽を取り除いた風呂場をワークスペースに改造し、隈氏のデスクも元押し入れであったと記憶している。その後、その木造建築は解体され事務所は近所のビルに移転したが、〈場所〉の記憶は今でも強く残っている。

 当時、両手をひろげたくらいの小さな空間に興味があった僕は、家具を取り扱うブランドIDEEと出会った。
 その旗艦店であるIDEE SHOPは異彩な輝きを放っており、表参道駅から少し離れた4階建ての建物は、単なる家具を売るショールームではなく、古本小屋、花屋、ギャラリーなどの生活要素が混在していた。
 その中心にカフェCAFFE@IDEE(カフェ・アット・イデー)があった。
 休憩をする買い物客、ランチを楽しむ近所のワーカーなど様々な人で賑わっていた空間の中心には、カフェのスタッフがいた。
 今思えば、その光景こそが、空間はそこに長く居る〈人〉が主役なのだと感じるきっかけであった。

 こうした出会いもあり、1999年からはIDEEで空間デザイナーとしてキャリアを積むことになった。
 職場はクライン ダイサム アーキテクツとIDEEのデザイナーがリノベーションした元ガソリンスタンドで、社会の変化に合わせて幾度かの改装を繰り返していた。
 その中で僕は、それまでショールームだった職場を「IDEE サービス・ステーション」というカフェへとコンバージョンするプロジェクトの担当となった。それまでポリカーボネイトで覆われていた既存建築をあらわにすることでガソリンスタンドの〈時〉の記憶を呼びさまし、新たに生まれるカフェと視覚的に融合することを目指した。結果、スタッフや近所の人たちに日常的に利用されるカフェが誕生した。
 まえがきで、僕にとって設計活動は「答えを探し続ける終わりのない旅のようでもある」と記したが、旅を始めた頃の記憶をたどってみると、やはり原点には〈場所〉〈人〉〈時〉という本書で取り上げた三つのテーマがある。
 これからも設計活動を通して学び、実践を繰り返しながら、これらのテーマへの答えを探る旅を続けていきたい。

 最後になったが、僕の活動を発見していただき出版という貴重な機会をくださった学芸出版社の古野咲月さん、メルボルンでの取材全般を導き協力してくださった山倉礼士さん、途切れそうになる僕の心を支え、様々な作業をサポートしてくれた吉本淳さんと廣瀬蒼くん、ご協力いただいたすべてのカフェのオーナーと設計者とお客様に感謝を伝えたい。

 そして、すべてにおいて、いつも僕を励まし信じ続けてくれたパートナーの奈香にこの本を捧げる。

2019年9月 加藤匡毅