不動産プランナー流建築リノベーション


はじめに


 「不動産プランナー」という言葉、聞き慣れない方も多いと思う。それもそのはず、私が勝手に名乗っている肩書きだからだ。具体的には、建物の活用を企画段階から管理・運営まで一貫してプロデュースしている。プロデューサーというと偉そうな人が出てきそうなので、オーナーや使い手が同じ目線で語れそうな「プランナー」とした。

 他方、「不動産」とは、世の中(特に日本社会)においてとことんイメージが悪い業界だ。不動産屋の対応で嫌な思いをしてトラウマになる人も多い。ニュースで見る悪質な不動産業者の話に落胆する人もいるだろう。オーナーにとっては、空き家に大量にチラシを入れてくる煙たい存在かもしれない。建築教育の中でも、よく思われていない節がある。

 でも、それがチャンスかもしれないと、建築学生だった私は思ったのだった。

 一般的な不動産のイメージは悪いが、建物が役目を失った状態からリノベーションされ、入居後までずっと携われることは不動産の特権。新しく区画を開発したり、潰したり、街を変化させるために一番影響力があるのも不動産。不動産の領域って可能性があるんじゃないか。その仮説が、建築学科に進学したものの設計に興味を持てなかった私を、不動産の道へと導いた。私が就職した2009年は、奇しくもリーマンショックの翌年。不動産デベロッパーが一気に傾いた時期だったが、それすらも、小さなデベロッパーに門戸が開かれるチャンスとさえ思えた。

 当時想い描いていた小さなデベロッパーともいえる、不動産プランナーとして独立して5年が経った。ようやく、安定的に望んだ仕事が舞い込み、それに応えられる体力もつき、構想を具体化できてきたように思う。このタイミングで、本書を出版できたことを嬉しく思う。

 本書は、これまでの不動産プランナーとしての仕事を事例ごとにまとめている。全て自ら実践したことなので、教科書のように体系的に学べるものではないが、リアリティはあると思う。

 構成としては、1章は不動産プランナーとは何かを概説する。2章は不動産業の基本である仲介で街と建物の価値を上げられる事例。3章では不動産プランナーの特徴、企画・仲介・運営を一括したプロジェクト。4章では、3章をさらに街に展開していくプロジェクト。5章は街を変える仕組み自体をつくろうとしている話だ。章を重ねるごとに、仕事の領域が建物単体から街へと広がっていく。実際、独立してから、私の仕事もこの順にほぼ時系列で進んできた。

 手前味噌だが、はじめてオーナーさんに会ってひとしきりお話しすると、最後によく、「岸本さんに頼むと、きっと良い場にしてくれそうな気がする」と言われる。空き家活用、相続問題、銀行にお金を借りてまでの事業…気が重いことばかりだからこそ、楽しくイメージを描ける心強いパートナーが必要だ。ストーリー仕立てで書いているので、物語を読むように楽しんで、読み進めていただければと思う。

 「アッドスパイス」という会社名は、「世の中に面白みを添える」を意味している。停滞した世の中や建物にスパイスを加え、少しでも面白く前に進めることができれば。その想いを会社名に託した。

 不動産や建築関係者に関わらず、今を生きる私たちの暮らしをちょっとでも豊かなものにしたい。そう考える同志に、本書が何か刺さるものを供していれば幸いです。


2019年4月
岸本千佳