おわりに
不動産事業や不動産経営における「成功」って何なのでしょうか。ビジネスなのだから「売上・収入」が大切なことに疑いはありません。他に、その不動産の将来性や資産価値が見込めること。空室期間が少ないなど事業に安定性があること。万一のときに売却して現金化できる換金性が高いこと。節税効果が大きいことを重視する人もあるでしょう。いずれにせよ成功とオカネは密接です。
しかし、ビジネスであると同時に「ビジョン」もあっていいはずです。「留学生が集まるアパートホテルをつくり、世界の人々と文化交流したい」「一人親家庭が入居するアパートを経営し、子どもの一時預かりなどもして支援したい」「才能に惚れ込んだ建築家に依頼して後世に残るデザイン物件をつくりたい」などのビジョンがあり、さらにそれがビジネスとしても成功するのが理想。他の業種、例えば飲食業や物販を始める人も、きっとそのようなビジョンから事業を始めていると思うのです。
単にオカネだけ追いかけるよりカッコいいと思うし、「えっ、あの建物のオーナーさんなんですね!」と、人々から尊敬されるかもしれません。もし今はビジョンが曖昧でも、私たちプロが法律面や技術面を固めて、世に通用する「企画」にしていくので、想いがある事業主が増えてほしいなと思います。人と違う個性的な道を進むには勇気が要るかもしれません。しかし本書の冒頭で述べたとおり、この先の不動産事業は個性がなければやっていけない時代です。ビジョンとビジネスを両立する。そして自分の建物に誇りが持てる。それが不動産ビジネスの「成功」だと考えています。
さて、リノベーションに関する書籍を学芸出版社から発行するのは本書が二冊目です。2007年に個人向け住まいづくりの指南書として『みんなのリノベーション』を著しました。おかげで第4刷まで発行するロングセラーとなりましたが、当時の編集者、井口夏実さんに今回も担当いただきました。そして、本書の構成で参加いただいたのが平塚桂さん(ぽむ企画)。お二人のおかげで、僕たちの雑多な知識と経験が秩序立った書籍になりました。そして、事例の不動産オーナーのみなさんに掲載協力いただけたからこそ、具体的で濃密な内容になりました。本当にありがとうございます。
最後に、いま僕たちが携わっているこの不動産リノベーションに関する職業について書きたいと思います。リノベーションという言葉はすっかり普及しましたが、事業用の不動産再生を、コンサルティングから企画・設計・工事、そして販売・賃貸募集・広告デザインまで一社でトータルに請負える会社って、まだまだ少ないと思います。というか、その職種を表す言葉さえないと思うのです。プロとして獲得すべき知識や技術は山ほどありますが、その分やりがいのある仕事です。この不動産リノベーションという分野で夢を追いかける人が、建築・不動産を学んだ人たちの間で増えることを切に願っています。
2018年8月
アートアンドクラフト代表 中谷ノボル
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