団地図解

地形・造成・ランドスケープ・住棟・間取りから読み解く設計思考




団地の設計思考が語りかけること




「ぼくらが読みたいと思う団地の本ってないですね」。SNS内で交わされたこのやりとりが本書のきっかけである。レトロ目線でもなく、団地再生(こんなに良い団地の何を変える必要があるのか)でもない本。ハードとしての団地とその背景を知りたい設計者のためになる本が。「じゃあ、自分たちで書きますか」……こうして本書はスタートした。




 筆者は両名とも設計者である。吉永は建築事務所勤務時代に団地の建て替え(熊本市営詫麻団地)を担当した経験があり、現在は独立して団地の不動産仲介とリノベーションを手がけている。篠沢は都市公園の設計を手がけるなかで、端々に団地で生まれ育った経験を感じている。建築やランドスケープの設計者は空間に何らかの心地よさを感じるとその思考や手法を読み解きたくなる性分の生き物である。良い団地を読み解いた先には、必ず心地よさを意図した設計者の手の跡が感じられた。懐かしさ、緑の多さ、人のつながりだけが団地の心地よさの理由ではないのだ(これらも設計によって意図されたものだが)。




 設計者である筆者らがまとめたかったのは、団地を回顧する記録ではない。現在そして未来を生きる設計者の糧となる設計論である。団地について書かれた数々の本が出版されるなか、設計手法を詳細に触れたものは数少ない。日本住宅公団の場合、津端修一氏の公団時代の団地設計が取り上げられた書籍『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』(王国社)はあるが、津端氏以降の設計手法について取り上げられたものは少なく、評価も高くないことが多い。しかし、実際の団地の読み解きや公団OBへのヒアリングからは、津端氏以降も地形から間取りまで包括的にデザインをする姿勢とそのクオリティが保ち続けられていたことがわかる。地形、風土、歴史、コミュニティ、テクノロジー、生活スタイルなど空間設計に関わるあらゆる物事を漏れなく引き受ける設計手法は、建築やランドスケープが解決すべき課題が多岐にわたる現代にこそ求められている。その設計思考を読み解くことは団地に限らず設計を手掛けるものとして大いに参考になる。また団地の再生やリノベーションを手掛けるものにとって団地のつくられ方や設計者の思いを知ることは設計をより良いものとするだろう。




 団地の読み解きは当時の設計者の目線で計画を眺めつつ客観的に分析するという難しい作業であったが、その過程で包括的な設計思考を見出せたことは大きな成果であった。取り上げた事例は設計者の目線で見た時、設計の妙が感じられそれが住環境の良さに現れている団地が中心である。なぜこの団地は取り上げないのか、この人の話は聞いたのか、この団地はこうも読めるのではないか……など意見はあると思われるが、団地の読み解きを深めるための批評は大歓迎である。今後さらに異なる視点での読み解きが展開されたり、新たな資料や証言が発掘されることを期待したい。




 本書は、団地がレガシーではなく現代にこそ必要な住空間であると確信する人々の協力があって実現した。UR都市機構には数々の図版を提供いただいた。資料探しに奔走してくださった職員の皆様には特にお礼を申し上げたい。4章でお話を訊いた中田雅資氏をはじめUR都市機構OBの奥貫隆氏、山本幹雄氏、現代計画研究所の藤本昌也氏と所員の皆さまなど、過去団地に関わった方々からの当時のお話や貴重な資料は、本書の読み解きに何より欠かせない証言となった。プロジェクトDをはじめ全国の団地愛好家の方々にも、取り上げるべき団地へ多くの助言や資料提供をいただいている。そして、図版の作成など多岐にわたって手助けをしてくれた篠沢研究室の学生およびOBの皆さん、吉永恵里さん、筆者たちの団地好きを時に煽り時に冷静にまとめていただいた学芸出版社の岩切江津子さん、書ききれないがそのほかにも多くの方々に助けていただいた。この場を借りてお礼申し上げたい。

2017年8月吉日

吉永健一・篠沢健太