エリアリノベーション
変化の構造とローカライズ


この本の目的と使い方


エリアリノベーションとは
 この10年で「リノベーション」という単語は建築の世界だけではなく、一般社会にも流通し定着した。最初は古い建物の再生を意味していたが、最近はよりダイナミックな価値観の変換を期待する空気を感じる。
 リノベーションは単体の建築を再生することだが、それがあるエリアで同時多発的に起こることがある。アクティブな点は相互に共鳴し、ネットワークし、面展開を始める。それがいつしか増幅し、エリア全体の空気を変えていく。
 いくつかのエリアで、偶然に無秩序に起こっているように見えるこの現象には、実はある基本構造が存在していることに気づき始めた。もちろん地域性や登場人物によって、立ち上がる街の風景はまったく違うが、そこには必ずいくつかの共通点がある。何が基本構造で、何がローカライズされた特殊解なのか、この本ではそれを浮かび上がらせ、新しい方法論としてまとめたい。
 本書では、第1部「エリアリノベーションとは」において、エリアリノベーションをめぐる背景と理論を整理し、第2部「エリアリノベーションの実践」において、点のリノベーションが面的に展開していった6つの代表的な街をケーススタディとして分析、構造化していく。
 「都市計画」という単語の下で行われてきた、行政主導のマスタープラン型の手法。「まちづくり」という単語の下で行われてきた、助成金や市民の自発的な良心に依存した手法。僕らは今、そのどちらでもない、デザイン、マネジメント、コミュニケーション、プロモーションなどがバランスよく存在する、新しいエリア形成の手法を発明しなければならない。この本ではそれを「エリアリノベーション」と呼んでみることにする。

エリアリノベーションの法則を探して
 この本の最大の目的は、現段階で成功していると思われるエリアリノベーションの法則を探すことだ。
 もちろん、街の事情はさまざまで、人口や産業、街を構成する人々のキャラクターや積み重ねられた歴史など、まったく違う背景や条件を持っている。しかし、それを超えて、成功の要因となる骨格が存在するのではないだろうか。本書では、それを「基本構造」と呼ぶことにする。そして、地域ならではの事情や条件によって左右される要因を、「ローカライズ」と呼んでみる。エリアリノベーションは、その組み合わせによって起こっているというのが僕の仮説だ。

6つの街をめぐって
 この本では、6つの街を具体的な素材対象/モデルケースとして探し当てた。職業柄、日本中の街を訪れる。そして時々、「この街の変化は本物だな」と感じる街に出会う。骨太で、着実で、しっかりとした経済活動が行われている。しかも、かっこいい(これが重要)。ここならしばらくの間、住んでみたいと思える街。
 そこには何か、理由や法則みたいなものがあるのだろうか? きっとあるはずだ。それは何なんだろう。そんなことを考えながら、この本を書くにあたり選んだのは以下の6つの街だ。

  ・ 東京都神田・日本橋(CET)
  ・ 岡山市問屋町
  ・ 大阪市阿倍野・昭和町
  ・ 尾道市旧市街地
  ・ 長野市善光寺門前
  ・ 北九州市小倉・魚町

 これらの街を選んだ基準は、およそ以下の通りだ。

  ・ 目に見えて風景が変化していること。
  ・ 変化が継続し、日常化していること。
  ・ 経済的に自立していること。
  ・ デザインがかっこいいこと。

 最初から確信があったわけではないが、気になる街を並べてみると、このような共通点があった。すでに起こっているそのリアルな状況にこそ、まちづくりの次の概念が潜在しているのではないだろうか。

街の変化を比較する9つの視点
 6つの街の取材にあたり、その街のエリアリノベーションをドライブさせたキーパーソンに、改めて現場を案内してもらいながら、長いインタビューを行った。
 一見、バラバラな6つの街の変化を、できるだけ構造的に把握するため、同じ質問を、同じ順番で投げかけた。それによって、共通項と差異がわかりやすくなると考えたからだ。質問項目は下記の通り。

  ・ 変化の兆し
  ・ きっかけの場所
  ・ 事業とお金の流れ
  ・ 運営組織のかたち
  ・ 地域との関係
  ・ 行政との関係
  ・ プロモーションの手法
  ・ エリアへの波及
  ・ 継続のポイント

 ヒアリングを通して3つの基本構造と9つのローカライズのポイントが浮かび上がってきた。この方法論を新しく変化する街のヒントにしてほしい。

馬場正尊