不動産の価値はコミュニティで決まる
土地活用のリノベーション



はじめに

 冒頭から唐突ですが、皆さんに質問です。左頁の巨木の伐採が行われた場所は、どこだと思いますか。これは郊外ではなく、新宿駅から電車で15分ほどの距離にある世田谷の住宅地での出来事です。ある日突然、その地域の象徴的な存在だった樹齢100年を超える巨木が跡形もなく伐採され、まちの風景が一変しました。その光景を見て、多くの人が「なんであんなひどいことをするんだ」という思いを抱いたに違いありません。
 一方で、その土地を所有する地主さんにしてみれば、それは実に無責任な批判だと感じたはずです。樹木が落とす大量の落ち葉は、日頃から周囲の住民に迷惑がられていました。それに耐えながら維持してきたのに、親が他界したら億単位の相続税が課せられたのです。このように、都市部の民有地に残された貴重な自然環境の行方は一個人である地主さんに委ねられています。大きな重圧を一身に背負わされた地主さんがどこまで耐えられるかは時間の問題で、失われても仕方がないのが実情なのです。

 こうした悩みに直面している地主さんに出会ったのは、1997年のことです。5階建てビルの高さに達する巨木はかつての農家の屋敷林で、全部で12本ありました。その伐採がまさに始められようとしていたのです。もう一歩遅ければすべての巨木を失うぎりぎりのタイミングでしたが、時間切れ寸前で巨木を残す土地活用の合意にこぎつけました。
 当時、私は環境と共生する住まいとまちづくりを進める事業企画会社を2年前に設立したばかりでした。「環境と共生する」というテーマを掲げましたが、それを具体的に伝えることが難しく、手始めに自分の家をそのモデルとして建てたいと考えていた時期だったのです。
 その土地の巨木をいかにして残すか。私は地主さんにとっても入居者にとっても魅力となるよう「世田谷に森をつくって住もう」と呼びかけ、参加者を集めました。その反響はとても大きく、コンセプトに賛同する人たちは即座に集まりました。そして、地主さんとの出会いから3年の歳月を経て実現したのが、5本の大ケヤキを残して建てられた「経堂のもり」(東京都世田谷区)です(1章参照)。
 都市部の利便性の高い場所でありながら、建物全体が森に囲まれたような住まい。屋上の菜園で採れた野菜の美味しさ。クーラーをほとんど使わなくても済む涼しさ。そして、こうした豊かな環境をともに享受しあっている入居者同士がほどよい距離感を保ったコミュニティ。ここでの暮らしには、たくさんの幸せが溢れています。

 地主さんにとっても、この土地活用はとても意味のあることでした。これまで樹木の管理が行き届かなかった土地が、住人たちの出資によって美しい環境として整備されたこと。悩みの種であった巨木を12世帯の住人が率先して世話をしてくれること。そして、自らを慕ってくれる住人たちとの関係も地主さんにとっては嬉しいことでした。たとえば、かつては恒例だった年末の餅つきは久しく途絶えていましたが、地主さんの納屋小屋に臼や杵、釜などの道具が揃っているので再開することに。それも住人たちとの良好な関係があってのことでした。
 「経堂の杜」において「コミュニティ」の存在はとても重要な意味を持っていますが、一方で「コミュニティ」には「煩わしさ」が伴うことも事実です。私が重視したのは、その「煩わしさ」を意識させずに「コミュニティ」を機能させることでした。それは、私が「コミュニティベネフィット」と呼んでいるもので、コミュニティを「目的」にせずに「手段」にするという方法です。コミュニティを手段とすることで個人単位では実現できない大きな価値を実現させようと考えたのです。「経堂の杜」で実現させた大きな価値とは、5本の大ケヤキを保全して生まれた森の中にいるような贅沢な暮らしです。その恩恵を得るために合理的に協力し合える関係が築かれたのです。

 「経堂の杜」の取り組み以降、私は、同じような悩みを持つ地主さんにたくさん出会い、いくつものプロジェクトを実現させてきました。一般的には「巨木はお荷物」「入居者との関係は面倒」と捉えられることが常ですが、そこでの出来事はその「常識」を覆すことばかりでした。「コミュニティベネフィット」という考え方を応用すると、巨木は貴重な「お宝」ですし、入居者との関わりがあった方がトラブルは未然に防げ、地主を楽にしてくれます。そして、土地と深く関わりその価値を生かそうとするなかでこそ、「地主」という存在は輝くのです。

 土地活用とは収益を生みだす行為ですが、見方を変えると、地域の「環境」と「コミュニティ」に大きく影響する行為でもあります。本書は、そうした観点から地域が時間とともに豊かになっていくような土地活用のあり方を提示したいと思います。土地活用を考える地主さん、不動産事業の企画者、建築設計者、そして、場の運営者の皆さんにも手に取っていただき、役立てていただければ幸いです。