あとがき


 きみの立っている場所を深く掘り下げてみよ。泉はその足下(あしもと)にある。

ニーチェ(*1)

 海外で学び、働くことには何か特別なプログラムが用意されているわけではない。大切なのは、自分が立つ場所とそこに流れる時間、出会った人間を最大限に生かして、自分を掘り下げることだと気づくまで、僕の場合は12年、随分と時間がかかった。

 はじめて大海原に飛び出した時の不安と期待の入り混じった気持ち、仕事の喜びや格闘…、そうしたストーリーが16人分集まると特別な色彩を帯びた一冊の本となった。本書を通して都市・ランドスケープ領域というフィールドに興味を持っていただき、海外で仕事をする面白さを共有する仲間が一人でも増えることを期待している。

 これからの時代、都市のパブリックスペースこそが、人々が住みやすく、健康的な生活をおくるための鍵になる。人々が求めているのは、これまでの都市にはない自然や余白であり、散歩や軽い運動をしたり、人と出会うことのできるパブリックスペースの機能と魅力を高め、生活の質を上げることが都市のサステイナビリティにもつながる。今や、世界中で、この見えない流れを感じることができる。道路空間に可変的なパークレットを作り出したり、まちなかの空地を暫定的に広場に変えたりと、新しいムーブメントがあちこちで起きている。

 著者は、まさにそのパブリックスペース創成に取り組んでいる人たちばかりだ。多様なアプローチから、この見えない大きな流れも感じ取って頂ければ嬉しい。

 子供のころ無心に砂地に深い穴を掘り続け、水を流し込んで遊んでいた僕も、気がつけば大人になり、土を動かしたり、水の流れをつくったり、木を植えることを仕事にしている。この未知の地面を掘り続けると、どんな泉が隠されているのだろうか?これからも、少しずつ、時間をかけて掘り下げ続けていきたい。

 最後に、本書はたくさんの方々の協力によって出来ている。執筆のきっかけを下さった立命館大学の武田史朗氏、海外での仕事の経験を共有して下さった著者の方々、粘り強く、かつ的確な調律力を持って編集を担当して下さった学芸出版社の井口夏実氏、松本優真氏に心から感謝の気持ちを捧げたい。


2015年8月 福岡孝則

*1:フリードリヒ・ニーチェ、白取春彦編訳『超訳 ニーチェの言葉』ディスカバー・トゥエンティワン、2010年