イサム・ノグチとモエレ沼公園
建設ドキュメント1988−

あとがき


 イサム・ノグチを知らなくても、モエレ沼公園をうんと楽しんでくれたらいいんです。歩きながら、遊びながら、この公園は他と違うな、こんな場所は他にはないな。なぜなんだろうと、考えてくれるだけでいいんです。でも、もしも、この公園がどうやってできたのかという物語を知ったら、楽しみ方がもっともっと増えることでしょう。
 イサム・ノグチは天才だと思いますが、彼だけが偉かったのではなく、彼の後を追って大勢の人たちが力を合わせ、世界に誇れるものを創りました。これはすごいことだと思いませんか。若い人たちには、人間って素晴らしいし、生きて行くことは悪くないと感じてもらえれば嬉しいです。

 遊具広場が完成する頃、私は「モエレから離れようか」と思いました。イサムの愛弟子たちのなかで疎外感を感じていましたし、市役所のある方から「みんな、モエレのことは嫌だと思っている。イサム・ノグチの名前は口にしないでくれ」と、きつく言われたからです。これ以上関わっていると札幌に居づらくなる。私は、はじめに託された責任は果たした時期だったので、ここで身を引いた方が良いかと迷ったのです。でも、思いとどまりました。
 支笏湖畔の温泉で、イサムから「木のことはあなたにお願いします」と言われ「がんばります」と答えたのは私です。長沼町へ出向した山本仁係長から「しっかりやってくれ」と言われていました。何よりも私のスタッフたちは、とても意欲的にこの仕事に取り組んでいました。自分の気持ちを抑えればいい、少しの間我慢すれば必ず理解されるはずだと思い直したのです。
 あの時そう思い直し、最後までモエレから離れなくて、本当に良かった。

 本書の出版が予定より大幅に遅れたことで、モエレ・ファン・クラブ設立10周年の年に刊行されることになりました。モエレ沼公園が子どもたちの感性を豊かに育てる場所になるために、モエレ・ファン・クラブは遊びイベントやコンサートなどの活動をして来ました。今年から〈サクラの森〉を間伐して丸太からログドラムをつくり、子どもリズムワークショップを開きます。11月にはイサムが札幌に来るきっかけと深い関わりのある彫刻〈オンファロス〉が、モエレ沼公園に移設されます。幸運は、準備する心からやって来ると言いますが、一つのことをやり続ける気持ちにもやって来る、ということを今実感しています。

 本の構成上、名前を出せなかった人が大勢いることが辛いです。モエレ沼公園の建設に力を尽くし、取材にも協力して下さった札幌市役所や建設関係の方たち、アーキテクト・ファイブとキタバ・ランドスケープのスタッフたち、そしてモエレ・ファン・クラブの仲間たち、皆さんに心から感謝しています。

 最後に、この本を出版するきっかけをつくり、渋滞気味の二人を励ましながら原稿をまとめて下さった戸矢晃一さんに深く頭を下げたいと思います。また、写真や図版が揃わなくて難しかった編集作業をして下さった学芸出版社の井口夏実さんと岩切江津子さんに厚くお礼を申し上げます。

2013年9月
斉藤浩二