「海外で建築を仕事にする」とは、なんと門戸の狭い本をつくったものか。「建築を仕事にする」だけでも十分狭いと思うのだが、さらに「海外で」と付いている。いったいどんな人が手に取ることを想定したのだろうか。売れる本をつくりたがる出版社なら決して渡らない危険な橋を渡って僕たちの手元に届いた本、というのが第一印象だ。

 ところがそう思って読んでいたらとても楽しく、どんどん読み進んでしまった。

 読んでみて興味深かったのは以下の3点だ。一つ目は言語を介さないコミュニケーションについて。登場する17人の建築家は、外国語が理解できなくても海外で建築の仕事ができている。図面や模型が世界共通語であることに救われているわけだ。改めて建築設計のツールとは偉大なものだと感じる。二つ目は独立当初の苦労について。これは国内で独立する人にも参考になる。当然のことながら、事務所を立ち上げた当初はほとんど仕事が無いのだが、その状況をどう乗り越えたのかという工夫はとても参考になる。三つ目は海外の設計事務所におけるマネジメントについて。スタッフの数、年商、労働時間(残業がほとんどないこと)、昼休みや夏休みの過ごし方、週末のパーティーなど、事務所のマネジメントについて参考になる点が多い。

 僕は大学時代にメルボルン工科大学に留学し、建築・ランドスケープ設計事務所に就職し、その後に独立してstudio-Lというコミュニティデザイン事務所を設立した。したがって、本書に登場する海外でのコミュニケーションや独立時の苦労などを懐かしく読むとともに、海外の事務所におけるマネジメントから自分の事務所の経営に関するヒントを得ることができた。

 そう考えると、本書はきわめて門戸の狭い書籍のように見えて、実はさまざまなヒントを読み取ることができる内容なのだということがわかる。しかしこれは読んでみた結果わかることである。ぜひとも「海外」「建築」「仕事」という言葉に惑わされずに本書を手に取り、そこから多くのヒントを絞り出してもらいたいものだ。

studio-L 山崎亮