空き家・空きビルの福祉転用
地域資源のコンバージョン

はじめに


 本書は、近年急速に広まりつつある地域の中の空き家・空きビルを活用して福祉施設に転用する実態についてまとめたものです。
 ここで紹介する福祉転用(福祉コンバージョン)の37事例は、その元になる建物に小さな住宅から大規模な集合住宅や病院・ホテルまでさまざまな種類が含まれています。この結果からも、わが国の地域資源が少しずつではありますが、幅広く活用されつつある状況に気づくことができます。
 内容を丁寧に調べていくと、いろいろな経緯を経て、さまざまな工夫をこらしながら、福祉転用を実現させていることがわかります。特に、いままで新築によって建てられていた福祉施設とは異なるかたちで、地域のニーズを汲み上げ、既存建物のさまざまな条件との折り合いをつけた個性的な事例が、建築関係・福祉関係の双方の専門家に強い関心を呼び起こすでしょう。それらは、従来の制度の枠からはみ出し、解決すべきさまざまな課題や問題点も抱えていますが、これからの新たな可能性を示しているとも言えます。
 東日本大震災の経験は、わたしたちの住まいや地域のあり方に大きな転換を迫るものです。単に災害に対する備えをするだけではなく、日常の生活をその基盤から見直すことが求められています。それは、わが国が抱えている人口減少、高齢社会、財政制約といった社会構造変化や気候変動・地球環境問題を踏まえたうえで、持続可能で活力ある国土・地域づくりを構想することにつながっています。そのなかで、地域で社会的な弱者を受け止め、互いに支え合う福祉の仕組みづくりは重要な柱の1つであると言えます。福祉転用はその先駆けであり、これからの地域のあり方を考える手がかりであるとも言えるでしょう。
 なお、本書では、次の考えに基づいて用語を使用し、内容を記述しています。
・本書には、運営者や執筆者の考え方により、同じ内容でも使用する用語が異なる箇所があります。これは福祉転用の多様性を伝えることに重点を置いたためです。特に、2章の「事例に見る工夫」においては、運営者・執筆者の意思を尊重して用語の統一を最小限にとどめています。
・福祉転用に関わる制度は社会情勢により大きく変化してきました。今後もその可能性があります。本書ではできる限り現在(執筆時)の制度を踏まえた内容を記述しています。
・本書の施設名称やサービス名称は必ずしも正式名称ではありません。ケアの現場に携わるスタッフや福祉転用の設計を行う方々にも伝わりやすい表現になるように考慮した結果、通称を用いている箇所があります。
 本書が、既存建物を使った新しい施設のあり方を模索している福祉関係者、そのお手伝いをしている建築関係者、そして地域の空き家や空きビル、また放っておくとそうなりかねない建物を福祉転用によって甦らせ、地域の再生につなげようとしている所有者や地元の方々への指針・参考になれば幸いです。

一般社団法人日本建築学会                         
福祉施設小委員会「福祉施設のあり方研究ワーキンググループ」主査
森一彦(大阪市立大学)