テキスト建築の20世紀


はじめに


私たちが日々,目の当たりにし,そして取り囲まれている風景は,20世紀が用意したものといっても過言ではありません.私たちを取り囲む空間.そのありようへの思いを馳せることとは,20世紀の建築と都市を考えることに他なりません.

本書は,建築史,建築論,建築意匠,建築設計を専門とする研究者・建築家によって編まれています.専門こそ異なるものの,それぞれに20世紀の建築や都市を注視してきた私たちは,執筆に入る前にそもそも「なぜ20世紀の建築のことを,都市のことを考えてきたのだろう」ということをまず自問してみました.

そして,「自らの建築観・都市観を形成するために,20世紀の建築や都市を考えることを楽しんでいるのだ」という結論に至るのにさほどの時間は必要ありませんでした.私たちは,設計から研究まで,厳密な専門こそ異なるものの,その基盤となるものは一致しているということを改めて確認しあったのでした.この広がりを有するフィールドこそが「20世紀の建築と都市」なのです.

20世紀の建築について考えるという「楽しみ」,私たちがそこに見い出してきた,「ドライブ感」とも呼ぶべき「楽しみ」を伝えたいという思いとともに私たちは議論を始めました.ここでいう「ドライブ感」とは,単なる事実の集積としての「死んだ空間」ではなく,未だにわれわれを刺激してやまない20世紀の建築と都市という「生きた空間」を疾走する生々しい感覚のことです.私たちは,1年間のグループワークを通じて如何にしてこの「ドライブ感」を伝えるかについて議論を重ねました.その結果本書は,暗記を効率よく行うための書籍ではなく,それぞれの多様な解釈を喚起するための「箱船」として編まれることとなりました.

本書は,大学や専門学校等で建築を学ぶ方々や建築実務者をはじめ,建築のデザインに興味をお持ちの方々を対象としています.20世紀の建築や都市について考える「楽しみ」,さらにはその「ドライブ感」を共有することを目指した本書では,あえて統一的な視点に拠るのではなく,社会や技術,考え方の変化などを中心とするマクロな視点と,一人の建築家,さらには一つの作品に迫るミクロな視点が交錯し,「建築の20世紀」が描き出されています.こうした視点の横断もまた十全に楽しんでいただければと思います.また,さらなる横断を楽しんでいただくために,巻末にはブックガイドを付しました.よりダイナミックな横断のため,興味ある部分については,他の書籍も手にしていただければと思います.

本書は, 20世紀への準備段階ともいえる第1部「プレ・モダニズム」,20世紀初頭の前衛たちによる20世紀の建築への試行に始まる第2部「モダニズム」,そして「モダニズム」への批判と批評を主とし,現在に至る試みを記す第3部「ポスト・モダニズム」の3部から構成されています.

一見,時間の進行に即して展開しているようにみられる20世紀の建築ですが,そこに現れる建築家たちは,それまでの「遺産」を自らの糧ともしていました.すなわち彼らは,縦横無尽に「過去」を参照しながら「現在」をつくっていったと言えるでしょう.建築において時間は一直線には進みません.そうした相関を,索引などを利用しながら,解読していただければと思います.それもまた,私たちが企図する,歴史を自らのものとする「楽しみ」なのです.この豊穣な世界を,本書を手に取る方々とともにできること,それこそが私たちの「楽しみ」でもあります.

20世紀の建築家がすぐれた「遺産」に依拠していたように,言うまでもなく本書は,過去の多くの書物に示された先達の卓越した見識に多くを負っています.最後になりましたが,ここに感謝の意を表します.

 2009年11月
編者