新訂 日本建築


まえがき

 筆者が建築の実務に携わり始めた昭和30年頃から、木造建築でわからないことがあると、本棚の『新版 日本建築(上)(下)』に助けてもらっていた。この本は渋谷五郎・長尾勝馬両先生の共著で、建築関係者必携の参考書であった。内容は、木造在来工法の全般にわたり詳細に述べられ、さらに茶室、庭園、社寺建築、宮殿建築まで網羅されている。しかし、刊行されてすでに50余年の日々が経過しており、その間のはげしい社会変化によって、現在ではその当時と異なったものになったり、消えてしまったものもある。そこで、この名著『新版 日本建築』を再び甦らせ、現在に通用するものに改めるため、自らの浅学非才をも省みず、おおいに躊躇したが、蛮勇を奮って書き直し、加筆した次第である。
 第T部伝統建築で扱う範囲は、門、玄関、茶室、土蔵、神社建築、寺院建築、宮殿建築、庭園である。
 茶室については、茶の発生から発展期の安土桃山時代の茶室、そして建築に最も大きな影響を与えている数寄屋についても述べた。
 土蔵では、伝統的な木造の土蔵と、新しい工法の土蔵についても述べた。
 神社建築では、その発生と経緯を歴史的に考え、古代発生の社殿について木割等を詳述した。
 寺院建築については、古代、中世、近世の堂宇の変遷、構造の変化、組物等を詳述し、屋根、軸部、内部のしつらえや天井、装飾用部材にいたるまで述べた。
 宮殿建築では、奈良後期時代の住宅から書院造までの変遷とその詳細を述べ、また書院造を形成する帳台構えや建具等についても詳述した。
 庭園は建築ではないが、日本庭園は原則として建築とともに存在し、建築とは切り離せない造形である。近代の考古学により発見された古代の庭園から、近世の大名庭園にいたる経過を解説し、各部名称も述べた。もちろん、茶庭(露地)にも言及した。
 これら伝統建築については、一般には住宅ほど身近に存在するものではなく、ある特殊な人たちのものと考えられがちであるが、建築に携わる者は、教養・知識として知っておかねばならないものばかりである。またその中に先人の考えた意匠、構造が満ちあふれており、それが材料となって新しい意匠、構造を生み出すためにおおいに役立つものであると考え詳述した。なお、戦後の考古学発展の結果、発見されたもの等を加え、一般の木造建築と異なる用語等のうち難読のものには振り仮名をつけた。
 第U部では、木造在来工法を扱う。現在これ以外に多くの工法があるが、木造在来工法はわが国で営々と培われてきた工法である。世界的に見ても非常に優秀な工法であるが、現在種々の条件からその継承が危ぶまれているのを感じる。本書では、この優秀な意匠・工法を残し、新しい材料・工法を加味して、さらにすばらしい建築を提供するため、過去の工法の再認識が不可欠であると考え、現代に通用する木造在来工法を取り上げた。
 戦後の社会変化は想像を絶するもので、建築も、計画、施工、材料、構造それぞれがおおいに変化した。また、これに伴う建築設備も同様である。建築家はこの変化を把握しておかないと、職方との信頼関係が築けない。また職方も、その職種に関連するところを理解する必要がある。
 用語は、一般に現場等で用いられているものを使用した。この方がスムースに打合せ等が行われ、間違いも少ないと考えたからである。地域によって差異等があるかもしれないが、ご容赦いただきたい。
 本書を書くにあたって、旧著の精神を逸脱することなく、古い伝統もより多く残すことに努めた。ただし、断面表示や規格等は戦後決まったものが多く、図面は旧著のものをすべて描き直し、あるいは新規追加した。
 建築に携わろうとする人や建築を学ぼうとする人々にとって、種々役に立つ本であると信じている。
  2009年7月
妻木靖延  
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「新版 日本建築」はしがき

 終戦後の混乱期を脱して、昨今ようやく世態人情も軌道にもどり、文化国家としての再起の槌音も聞かれるようになったので、予てから斯界の各層、権威ある学究や技術家を初とし、各地方の青年技術者・学生・現場関係者等から、しきりに督促されていた本書の再版に対し、私も若がえって大改訂の意欲が起り、昨年以来駑馬に鞭を加えて日夜に稿を練り、これを長尾君に提示して意見を交換し、茲に面目を一新、社会にまみえる事にしたのが、この新版「日本建築」である。
 すでに下巻の原稿も出来ていることでもあり、上下を合本にしたいと思ったが、何分文学書などとちがって、説明上非常に多くの図版を必要とするので、その費用も巨額に嵩むのと、長い日時を要するので、順序として上巻から出すことにした。
 幸に、京都・学芸出版社の竹原君の義挙によって、煩雑な図版を持つ本書が茲に先ず上巻から実現を見るに至った事を感謝すると共に、著者としての私自身も及ばぬ綿密さと熱心さで、一字一句、図版の一点一画にさえも嵩費を惜まず、改版稿正をかさね、社会に出た本書に恥なからしめんとする同氏の努力に対して、深く敬意を払わずにはおけないのである。以上の点に於て、十分自信の持てる積りでいるが、なお諸賢のご叱正を得ば著者の本懐とするところである。
 やがて明年巻を追って出版されるさるべき下巻に、より大なる期待をかけて頂くことが出来れば幸いである。
  昭和28年9月23日 中秋名月の夜
  恩師斎藤兵次郎先生の風貌を想念しつつ
  阪急沿線清荒神清宝園寓居にて
著者 渋谷五郎