図解ニッポン住宅建築


はじめに

 本書では、建築家の創造した空間や設計のアイデアを、事例を通じて知ることができる。その対象となるのは、1950年代から現在までに建築家が設計した住宅建築59作品である。
  戦後モダニズム建築の代表作や新進気鋭の建築家による住宅、これらがどのような空間としてつくられているのか、ということを図面やイラストを使って具体的に説明している。事例研究のアーカイブとして利用すれば、設計をする際の考えるきっかけとなる。また、歴史に沿ってはじめから読む、気になる作品をピックアップして読む、という具合に、2通りの読み方を楽しむこともできる。

 住宅設計とは、敷地や周辺環境、クライアントからの要求、法規など、様々な条件をまとめ、それらを総合的に判断し、機能的で快適な空間を成立させる作業である。なかでも、様々な条件を具体的な空間やカタチへと展開していく過程は、設計においてもっとも楽しくダイナミックな作業のひとつといえる。
  とはいえ、学校の課題や仕事の現場において実際に設計を進めていくと、アイデアを具体的な空間としてうまく展開できないことが多い。そのような場合の有効な解決方法のひとつに事例研究がある。過去の建築作品をひも解くことで、設計のアイデアや空間への展開方法など、多くの知識と方法論を得ることができる。
  しかし、事例研究はなかなかたいへんな作業である。なぜなら、初学者にとって、やや高度な知識が必要となるからだ。例えば、空間の特性や敷地環境が自分の求めるものと合致した事例であるのか、ということを判断しなければならない。また、図面や写真から、住宅作品のコンセプトやプランニングのポイントを読み取る能力も求められる。もっとも厄介なのは、参考となる情報を膨大な資料のなかから探さなければならず、多くの時間と手間がかかる、ということだ。

 そこで、本書は住宅設計の初学者でも効率よく事例研究を行えるように工夫した。まず、住宅建築の知っておくべき事例として50年代から現在までに設計された代表的な住宅作品を、年代ごとに並べており、建築家のデザインした住宅建築の歴史的変遷を、その時代背景とともに概観できるようになっている。
  次に、各作品の空間特性を、「外に開こう」「中庭をつくろう」「環境に溶けこもう」「都市に住もう」「曖昧につなげよう」「ボリュームで考えよう」「領域を分けよう」「生活から組み立てよう」「造形にこだわろう」という9つに分類した。この分類により、関連する作品を容易に参照できるようになっている。
  さらに、文章だけではなく、図面やイラストを活用して、視覚的に作品の内容が理解できるようになっている。見開き1ページにひとつの住宅を載せ、情報過多とならないように敢えて掲載図面を厳選し、図面数を最小限にとどめた。さらに図面には、設計意図がプランニングとしてどのように落とし込まれたのか、ということを書き込んでいる。この書き込みが、図面の読み取り方を学ぶ手がかりとなるだろう。
  なお、本書では事例研究という側面を重視し、作品の図面、文献などをもとに、著者の責任において独自の判断で作品を分析した。また、今回提示した空間特性の分類や書き込みは、決して絶対的なものではない。むしろ、読み進めていくうちに、読者の方で違う共通点を発見することもあるだろう。空間特性の分類やイラスト、図面への書き込みをきっかけに、住宅建築についての議論を多いに発展させてほしい。

 建築を学び始めた学生、設計事務所の新人所員、住宅に興味のある一般の方などにとっては、本書が住宅の様々な事例に触れるきっかけとなるだろう。また、建築の専門家には、時間軸を意識しながら、住宅建築を巡る旅を楽しんでもらえるのではないだろうか。本書を活用することが、読者の皆さんに新たな発想を与えて、次への展開を考える一助となれば幸いである。