違反建築ゼロ

住まいの安全・神戸の挑戦

あとがきに代えて──転換期の違反建築物対策



  初代の違反対策室長である南出和延氏(現神戸市防災安全公社常務理事)から引き継いだ仕事は、完了検査率75%の実施、既存雑居ビルの違反是正そして老朽危険家屋の解消の三つだった。須磨・西神ニュータウン計画を皮切りに、公共建築の企画、計画、設計、工事監理の分野で育った私は、建築行政は初めての職場だった。「毎日が、はなはだ不安定」と当時の日記に残している。建築行政のプロである南出氏の共感と励ましがなければ本書を世に問うことはなかった。 
  通達163号「建築物安全安心推進計画について」を読んだ時、建築の安全性の実効性を確保することが違反対策だと感じた。当計画が生まれた契機は、阪神・淡路大震災で倒壊した建築物に違反建築や施工不良が混じっていたことにある。違反が生まれる現場に踏み入って、違反の生まれてしまった原因を解き明かし、違反建築をなくさなければ申し訳が立たない。
  軸足を建築安全の実効性確保に置くと、是正指導の方向が安定する。公平性・透明性が高まり、違反建築を是正すべき法的な義務者に対する説得力が高まる。黙秘を貫いてきたが、ひとこと「(特定行政庁の)仰せの通りに(是正)いたします」という義務者に会うこともできたことから確信を深めていった。
  「違反建築は建築生産システムの失敗が原因だ。安全の実効性を少しでも高めて市場に戻す。どうにもならない失敗作は市場から駆逐する。市場が失敗しないように違反の予防指導、さらには環境整備に取り組む」という基本スタンスで違反対策を進めてきた。
  この考えを基本にして愛知県建築物安全安心推進協議会、(財)全国建設研修センター(平成15年〜19年)、国連防災世界会議総合フォーラム、日本計画行政学会第10回計画賞最終選考会、日本建築行政会議全国研修会(京都)、十勝建築災害対策協議会、神戸松蔭女子学院短期大学部特別講義などで講義を続けた。また、神戸市内の深江、二久塚、和田岬、灘中央の自治会等への出前講座を重ね、これまでに3000人余りの方に話をすることができた。「月間ガバナンス」「建築と社会」「西山文庫レター」などを通じ活字によるアピールにも心がけた。本書は講演会で用いたパワーポイントの資料や寄稿した原稿等が元になっている。
  わが国には違反建築に関する研究者が見当たらない。新規採用で神戸市開発局に配置された時の上司である垂水英司元神戸市住宅局長(現兵庫県建築士会会長)は、「実務だけではない。そうかといって研究プロパーでもない、『実研』が必要ではないか」と言っていた。研究者がいないなら、「実研」のスタンスで違反対策の仕事を進める傍らで発信しようと考えるに至った。
  「建築システムの内部構造を解き明かす立場の研究者は国内にも少ない」と大垣直明北海道工業大学教授は言う。恩師である巽和夫京都大学名誉教授を訪ねた。「建築と社会という観点で考えると、社会的に貧しいところに取り組むことが建築学の立脚点である。建築違反をなくしたい。これを解決できなくて、何が建築学か!」と古希のお祝いの席で挨拶をされていたからだ。先生の指導、助言がなければこの本を世に問うことはできなかった。
  平成18年9月に建築学会大会(神奈川大学)研究協議会のパネラーとして招待され「違反是正指導と既存不適格」を発表したところ、複数の方から「増渕さんの話しは面白い。本にしたら良い」と勧められた。
  「違反建築物対策」という厳しい実践報告をした私は「面白い」と評価され、面食らった。関西に帰り妻に伝えると、「関西人にとって、『おもしろい』と言われるのは最高の誉め言葉よ。貴方はまだまだ関東人ね」と言われてしまった。
  第3章は、岡田祐一氏(現神戸在宅ケア研究所福祉事業係長)が、こうべまちづくりセンター主催のシンポジウム「震災復興から都市再生へ」にて発表した「既存雑居ビルへの防災指導の取り組み」及び「建築と社会」(06・02「法令コーナー」)に投稿した論文に編著者が加筆修正を施した。建築指導部主幹として既存ビル違反是正の基礎を築いた氏の助言と励ましに感謝申し上げる。第4章は高橋一雄氏(神戸市みなと総局技術部主幹)が執筆した。第5章は南出和延氏(神戸市防災安全公社常務理事)が平成19年日本建築学会建築法制部門研究懇談会(金沢大会)で発表したもの、ならびに狩野裕之氏(都市計画総局建築指導部主幹)が『自治体都市計画の最前線』(学芸出版社、07)に寄稿したものに現時点での加筆・補足をほどこしたものである。構造計算書偽装事件やアパマンション事件、さらには平成19年6月20日に施行された建築基準法改正の只中にあって、多忙を極めた神戸市の仲間に心からお礼を申し上げる。
  また、そもそもの出版を勧めていただいた日本建築学会建築法制委員会ストック法制度研究小委員会の諸先輩、貴重な情報と知見を頂いた横浜市、京都市、仙台市、堺市、北九州市、熊本県をはじめ全国の違反建築物対策担当の皆様に心からお礼を申し上げます。学芸出版社の前田裕資氏には、繰り返し励ましを頂き短期間で出版に漕ぎ着けることができた。改めてお礼を申し上げる。

増渕昌利