成熟のための都市再生


まえがき

 2000年4月に、介護保険制度が整備され、スタートした。わが国の「福祉」は、これまでの措置時代から自由契約時代に転換することになり、その意義は大きく、高齢者の自立を促し、自主性を尊重した新たな段階に至ることになった。
  その一つの流れとして、一部の特別養護老人ホームなどの高齢者居住施設では、従来の集団処遇による介護形態の反省から入所高齢者を小さなグループに分け、高齢者ごとに個別の対応をするユニットケアと呼ばれる介護形態が試みられるようになる。入所高齢者のプライバシーを守るため可能な限り居室は個室とし、施設をこれまでの「施設での介護の場」から「家での暮らしの場」とみなす、福祉居住型介護施設に生まれ変わろうとする新たな動向となり、その新しい試みにおいても数々の模索と検討が積み重ねられた。また、2005年6月には、介護保険制度が改正され、さらに新たなサービスとして予防サービスや地域密着サービスが2006年4月より施行されるようになった。特に増加を続ける認知症高齢者を視野に入れた地域密着サービスが新設されたことによって、従来からあったサービスと合わせ、本来求められる福祉ニーズが施策として、徐々に整えられ新たな取り組みが始められることになった。
  ハートビル法・交通バリアフリー法、そして居住法等の施行により、公共建築物だけでなく、マンションなどの集合住宅を含めた建築物や駅舎周辺の道路、そして、公共交通機関の車輪のバリアフリー整備が少しずつ進められている。バリアフリーの考え方は、昨今ではすっかり浸透し、車いすを利用する方も多く見かけるようになった。このような物的環境の整備は、まだ部分的な段階ではあるが一定の成果を上げてきたといえる。この流れは継続して進められているため、今後、さらに充足されることは期待される。
  ところで、身体的に何らかの機能が低下し、精神的に支援が必要となれば、高齢者居住施設に入所する高齢者は少なくない。しかし、高齢者居住施設において、「高齢者が生活する空間がどうあるべきか」が議論されることは少なく、今後、検討を重ね、その生活空間が「家での暮らし」を実現できるよう充実されることは望まれるところである。特に「見守り」等精神的な支援が求められる認知症高齢者にとっては、従来の居住空間では高齢者がのんびり思いのまま残された人生を有意義に過ごすことが難しいとも指摘されている。
  本書では、1章でまず、わが国の「福祉」は今後どのような手法が求められているのかを、高齢者福祉住環境の変遷を顧みることによって学び、現在ある姿を位置付け、近い将来をさぐる。
  そして2章は、認知症高齢者をはじめとした高齢者の身体的・精神的状況を理解することを基本に置き、求められる空間を考える。
  そのうえで3章は、施設における新たな介護手法として試みられている個室ユニットケアの生活空間のあるべき姿を実践例を参考として取り上げ考える。
  また、4章では、施設介護と在宅介護のすき間を埋めるサービスとして新設された地域密着型サービスの拠点といえる小規模多機能施設が高齢者の暮らしの場として、どのような空間を創造することが望まれるかを実践例を通して考える。
  認知症高齢者が症状の進行を少しでも遅らせ、のんびり暮らし続けられる家が求められ、その暮らしの場の「しつらえ」は重視されねばならない。5章は、部屋ごとの望まれる「しつらえ」を提案するものであり、読者と共に考えてゆきたいと願う。