近代日本の作家たち


書 評
『建築士』((社)日本建築士会連合会)2006.11
 近代日本の建築を立ち上げた人は数知れない。その中で14人に焦点を当てて生き様を詳細に書いている。建築家、デザイナー、芸術家と建築家だけでなく多様なジャンルに及んでいる点が面白い。その作家たがその当時何を考え、どういう行動をしたかなど、またその作家と他の作家の交友関係等のチャート図があったりして興味深い。その人の歴史そのものでもある。一方、建築家の歴史をアンチョコに読みかじりできる本でもある。
 しかし、これだけでは建築の勉強にはならない。空間的なとらまえ方はしていないこともあり、できれば実物を見た方が良い。この時代は余計な情報も雑音も流行も金も材料も流されるものも無かった。それだけに作家のピュアーな感性が伝わってくる。最近は情報が多すぎる、それもくだらない情報が多すぎる。それだけに若い人たちは迷っているのではないか?また、この14人の中で一人でも一つでも興味を引かれたらそこからその人、その物を徹底的に追求して欲しい。そこからが建築の勉強の始まりだとも思う。要は歴史から未来を感じてもらえたらこの本の意義は達成されると思う。
 この執筆者達は良くここまで調べ上げたものだと感心する。永年建築の世界で仕事をしてきたが知らなかった人も事柄も多い。赤面の至りである。しばらく仕事に追われてこんな種類の本は敬遠気味だった。それだけに新鮮さ、いや基本に返って勉強させていただいた。
 歴史って面白いものですね。「その時歴史は動いた」ではないが、今回もこの書評を見ていただいて、本当にありがとうございました。

『庭』(龍居庭園研究所)2006.7
─遠藤(新)はライトとの出会いを通じて、人が生活し人生を送る場である建築は、自然界の生命体のように有機的に統一されていなければならないと考えた─
 明治から大正、昭和という激動の時代において、人々は「建築をめぐる空間表現」に様々な解釈を発信してきた。中でも第一次大戦後は、「建築が人々の生活に環境として関わり、生活に対しても、芸術に対しても、社会的な責任がある」という基本的な考えが意識された点で重要という。
 この時代の潮流に深く影響を受けながら独自性を確立し、一時代を築いていった作家十四人を取り上げ、これら作家たちの生き方とその時代背景、空間表現のための考え方や方法、主な作品を紹介したのが本書である。建築家に加えて、インテリアデザイナー、作庭家、彫刻家、陶芸家など、職種を超えた包括的な観点から近代日本を読み解く。
 モダニズムと様式性の共存の中で、建築の隅々にまで「ヒューマニズム」の精神を行き渡らせたのが村野藤吾。「数奇屋の近代化」「近代建築の日本化」「社寺建築の近代化」という三本柱をテーマに活動した吉田五十八。モダニストが支持した簡明で洗練された「弥生的」デザインに対し、「『縄文的なポテンシャル』を現在に継承していくことが、『日本的創造』の契機」であるとした白井晟一。
─前川(國男)は、一つの建築の中に、都市へと手を差し出すような広場的な空間を内包させることによって、人々が楽しく集い、静かに佇むことのできる場所をつくり出す平面計画の方法を求めようとした─
 それは後に、東京文化会館や埼玉県立博物館、熊本県立美術館におけるロビー空間=人々が心を休めることのできる空間として結実する。
 村野藤吾設計の大阪そごう百貨店のガラス天井や東京・日生劇場地下レストランの天井と壁面の装飾を手がけたのは、ウィーン工房出身の美術工芸デザイナー、リチ・上野。彼女がデザインの基本としたのは「自然を観察し、分析し、直観と印象に従って抽象化する」ことだった。
 また日本住宅の封建性を指摘し、近代化への理解を促そうと試みた浜口ミホは、女性初の一級建築士であり、「台所の改革を通じて女性の地位向上を求め、外国住宅に範を得た台所、リヴィング・キッチンを構想」する。
─(重森三玲は全国の古庭園)実測調査により、先人たちが庭園という空間に築き上げてきた『石組』構成の芸術性・抽象性に、大いに着目した。その創作性を真摯に受け止めながら、現代に生きる感性を生かし、芸術の分野にまで踏み込んだ日本庭園をつくることを追い求めた結果、石組による立体造形感の強い特異な作風を確立したのである─
 東福寺本坊庭園の連作や、岸和田城庭園、松尾大社庭園などに見られる「モダンで大胆な庭園構成」は、古庭園からインスピレーションを得たものだった。個人的には、あの「三玲流」ともいわれる立石の突出に共鳴できないでいたのだが、三玲の原風景とされる故郷の岡山・豪渓にある天柱山の、天を突くような山容の写真を見て、腑に落ちた。原点はここにあったのだ。
 自身を「彫刻家」として捉えながら、彫刻家の枠を超えて多分野で活躍したイサム・ノグチは、日本庭園からも多大な影響を受け、作品には庭園や広場のデザインも多い。パリのユネスコ本部の庭園は回遊式庭園から着想を得たもの。
 ─(ウォール街にある銀行地下ロビーのサンクンガーデンでは)、石という自然素材を組み合わせ、配置することで、オフィス街の中に『自然』の山河を表現し、喧噪の街中に心静まる瞑想の場を提供している。枯山水の探求の成果が現れており、『これは私の龍安寺である』とノグチは語っている─
 時間や動きによる「うつろい」を与え、自然や生命、歴史を象徴するノグチの作品の特徴は、「大地を彫刻」するという発想を生み、その集大成が最後の大作・札幌モエレ沼公園となったのである。
 他に堀口捨己、山口文象、丹下健三、剣持勇、北大路魯山人。空間を演出する“かたち”の中に“心”を感じる。

『新建築住宅特集』((株)新建築社)2006.3
  第1次大戦後という時代区分に着目し、この時期に深く影響を受けた、もしくは活躍をはじめた、19世紀後半から20世紀初頭生まれの作家たち14人を取り上げ、論者がそれぞれを論じている。その14人の中には村野藤吾、前川國男、白井晟一、丹下健三といった建築家だけでなく、陶芸家、漆芸家、料理家など多様な顔をもつ北大路魯山人や作庭家の重森三玲、これまで論じられることの少なかった美術工芸家のリチ・上野=リックスなども含まれている。各論は短く、やや物足りないという感はあるが、注釈や巻頭の人物相関図と共に読み進めていくと、作家同士の関係などについても理解を深めることができる構成となっている。

『室内』((株)工作社)2006.3
  建築が人々の生活に環境として関わり、生活に対しても、芸術に対しても、社会的な責任があると意識されたのは、第一次大戦後だという。その根拠として、本書は、近代以降に活躍した14人の建築家や芸術家(村野藤吾、吉田五十八、堀口捨己、白井晟一、遠藤新、山口文象、前川國男、丹下健三、リチ・上野=リックス、剣持勇、浜口ミホ、北大路魯山人、重森三玲、イサム・ノグチ)の生き方と、時代背景、作品を紹介する。彼らの活動をよく知る執筆者11人がそれぞれ筆をとっているため、非常に内容が濃く、読みごたえがある。
  なかでも興味深かったのは、あまり語られる機会が少なかった女性建築家、リチ・上野=リックスと浜口ミホを取上げていることだ。ウィーンで生まれたリチは、ウィーン工房を設立したヨゼフ・ホフマンの元で美術工芸を学び、のちに日本人建築家の上野伊三郎と結婚。ウィーンと京都を行き来し、テキスタイルデザインや、伊三郎や村野藤吾が設計した建物の天井・壁面装飾を次々と手がけた。
  わが国で、女性初の一級建築士となった浜口ミホは、女性ならではの視点で住宅の改善に尽力した。女性として主婦としての見解から、「台所の改革」を提唱し、女性の地位向上を求めた。今では主流のステンレス流し台を住宅公団に採用し、普及させたのも浜口の力である。二人の女性の生き方を通して、これまでとはべつの側面からの近代がみえてくる。
  ここであえて苦言を呈する。タイトルがあまりに凡庸ではあるまいか。それに、作家という言葉から、すぐには建築家、芸術家とは結びつかなかった。文筆家をイメージする人も多かろう。横書きの文章も読みづらい。内容の充実ぶりを思えばこそ、この編集はちょっともったいない。