近代日本の作家たち


はじめに

1. 空間表現とは
  一つのもの、一人の人間の周りにも、何らかの趣きや雰囲気を持った空間がある。さらに、建築には内部と外部にそれぞれこのような空間を持ち、しかも内部と外部はつながっている。だから、建築の内部や外部にものがあり、人がいる時、どこまでが建築のつくる空間で、どこまでがものや人のつくる空間かを分けることは難しい。
  一つの建築に機能と美があるとする。美は人を感動させる目的があるとするなら、どこからどこまでが機能で、どこからどこまでが美だろうか。人の生活とものや建築が調和しているとはどういうことだろう。
  本書は、このような建築をめぐる空間への基本的な問いを、近代の作家たちはどう捉え、どう応えたか、それを探ろうとするものである。

2. 近代における戦間期
  日本人は、第二次世界大戦後、アメリカの影響を受けて大きく変ったといわれる。しかし、建築をめぐる空間表現の基本的な考えが方向づけられたのは、第一次大戦後である。この頃、日本は、近代を迎えてどの国も経験した生活や都市に関する現象を同じように経験した。人の手に代わって、機械で大量に同じものをつくること、そのことがもたらす社会の恩恵と問題についてである。
  もちろん、明治時代から日本が推進してきた近代化を建築によって表現するという建築家の役割はあった。しかし、建築が人々の生活に環境として関わり、生活に対しても、芸術に対しても、社会的な責任があると意識されたのは、第一次大戦後である。この戦争では、日本の犠牲は少なかったが、世界情勢の変化に揺さぶられ、建築家は、生活と空間、機能と美、工芸と工業、社会と芸術、独創と普遍という、それ以前は個別に意識されるか、ほとんど顧みられなかった問題に意識的に取り組み始めた。本書では、この時期に深く影響を受けたか、活躍を始めて、時代をつくっていった作家を取り上げている。

3. この本の構成
  本書では、建築家、デザイナー、芸術家など14人の作家を取り上げて、各章ごとに、作家たちの生き方とその時代背景、空間表現のための考え方や方法、主な作品を紹介する。過去または同時代の空間表現の手法をどのように援用したか、また、彼らの独創性はどこにあったのか読み取っていただきたい。また、建築をめぐる空間の意味やあり方を考える手がかりにしていただきたい。本書は、興味を持った章をどこからでも読めるような構成になっている。また、序章、各部の解説、年表、相関図を活用して、作家同士の関係や、時代や世界の表現の流れの中で、それぞれの位置をイメージする助けとしていただきたい。
  第I部では、近代の視点から、伝統的な日本の建築やヨーロッパの建築と向きあい、そこから得たものを自らの空間表現に生かした作家を紹介している。
  第II部では、近代の問題に自らの空間表現としての答えを出した欧米の作家たちの考え方を修得し、自らの方法として取り込み、展開した作家を紹介する。
  第III部では、人間と建築の間に存在する室内装飾を空間表現とした美術工芸家、機能性を重視し素材の性格を引き出したプロダクト・デザイナー、時代が要求する住生活を生き生きと空間に表現した住宅作家を取り上げる。
  第IV 部では、「食べる」「眺める」「巡り歩く」といった人間にとって基本的な生活行為と、陶磁器、庭園、彫刻などの芸術作品を結びつけることから空間を構想した作陶家、作庭家、彫刻家を取り上げる。
  作家たちを各部の枠組みの中でより立体的に把握できるように、各部の最初で時代的な特徴・トピックスを解説した。
  本書は、多くの方々の協力を得て一つに結晶化した。精緻な仕事を忍耐強く続けて下さった執筆者各氏、学芸出版社・宮本裕美氏と、表紙のデザインに共に取り組んで下さった武庫川女子大学・奥田有美氏に深く感謝申し上げる。

黒田智子