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京町家・千年のあゆみ

都にいきづく住まいの原型


はじめに

1 京町家とは

 千二百年の歴史をもつ「京都<みやこ>」、そして少なくとも千年の歴史を歩んだ「京都」の町家。
 「京町家<みやこのまちや>」について、またその再生について、マスメディアが話題にしない日がないというと、大げさであろうか。京町家が、そしてその再生の取り組みが注目される理由はさまざまであるが、「破壊の世紀」ともいわれるほどに自然と文化を破壊した二〇世紀の終わりに、地域の歴史と文化の継承が社会的な関心を呼んでいるのはたいへん好ましいことである。

 私もまた、京町家の保全・修復・再生のしだいに高まる動きの一端に、都市史の研究者という立場から参加してきた。
 京町家とは何か、その歴史と文化はどのようなものであったか。さらに京町家の歴史と文化をどのようにして未来に継承していくのか。
 多くの人々が共有しているこのような疑問にできるだけ応えることによって、京町家の保全・修復・再生を少しでも前進させるお手伝いをしたい。これが本書を世に送り出す私の意図である。いうまでもなく都市民衆の生活空間について物語る史料はきわめて少ない。満足できるような解答を示すのは困難というほかないが、私なりのみかたを具体的に話してみたい。

 さて、町家とは、町とか町並みの敷地に建っている民家だという。そういうものを総称しているのだという。非常にあいまいな茫漠とした定義であるが、これでもおおよそのことはわかるような気がする。町家というのはおそらく誰の目にとってもわかりやすい建築の類型ではないか。
 町家の敷地は、おおむね間口四、五メートルであり、大きいものになると十数メートルに達することもある。間口に比べて奥行の方が長く、「うなぎの寝床」あるいは「短冊形」と呼ばれるような敷地形状である。そこに立つ町家の間取りは、全国的にほぼ共通しており、片側を土間に、もう一方を居室にする。居室はミセの間、台所、座敷と並べた、三室からなっているものが多い。このように、共通点は少なくないが、日本各地にはさまざまなタイプの町家があり、地域色がずいぶん豊かなのだといってよい。
 私たちが知っている町家は、このような現在も各地で見ることができる町家、残し伝えられてきた町家である。それは近代に建てられた、あるいはせいぜい江戸時代に建てられた町家であり、私たちは身近な時代に建てられた町家を見ることによって、町家を理解している。したがって私たちの持っている町家の知識は、現存する町家のありように非常に強く依存し、制約されている。町家の歴史の長さや、地域色の豊かさからすると、それは意外と限られた、狭い知見なのではなかろうか。そういう危惧を抱かざるを得ない。

 京町家、ひいては日本の町家を理解するためには、近世・近代における変遷や地域的な特色、社会構造との関係をさらに追求することにもまして、とくに古代から近世にいたる時代的変化を明らかにし、その歴史性の全体的な把握を推し進める必要がある。
 「京町家」の外観や内部の意匠は、日本各地の民家や町家のなかでも、もっとも優れたものの一つとして高く評価されているが、京町家の特色はそうしたデザインだけにあるのではない。京町家には、そして京町家だけに千二百年という非常に長い歴史がある。千二百年におよぶ京都の歴史をずっと生き続け、使われ続けた都市民衆の住まいが京町家なのである。京町家には、おそらく日本の町家の原型、といえる可能性があるのではなかろうか。これは他の都市の町家にはない大きな特色といってよい。
 千二百年の都市生活を支えた京町家はどのような特質、本質をもっていたのか。後に詳しく説明することになるが、ここでは二つの重要な特質を挙げておきたい。
 第一に、町家は複合建築である。それは、庶民の住む小さな家、すなわち「小屋<こや>」と、物を売ったり物を作ったりする「店<みせ>」と、祭礼や行幸などの行列、人の往来、道の光景を見物するための「桟敷<さじき>」という三つの機能を合わせもっている。それぞれが一つの建築として自立するような三つの機能を兼ね備えている。「小屋」と「店」と「桟敷」の複合建築が「町家<まちや>」である。「町家」の大きな特色である居住と商業と見物の機能は、都市性と密接に関連している。
 第二は、そうした複合建築である「町家」が、(一)都市に立地し、(二)〈公界<くがい>〉である道、すなわち世俗と縁の切れた場、「平和領域」と深くかかわって存在しているという存在形態である。

*「接地、接隣」を町家の特質としてあげる説もあるが、川の上、水面上に建設される町家もあるし、隣家に接するのは一般的には戦国期以降の特色である。これらは時代的な特色を反映してはいても、本質的なものではない。また、道に接しない町家として「仕舞屋<しもたや>」をあげることができるが、これは社会的・経済的地位の上昇にともなって、支配階層の居住形式、屋敷型の住居を営むようになったもので、町家とは異なった住形式である。

 京町家のこうした特質は、都市型の住宅として時代や地域にかかわらない、きわめて普遍的なもののように思える(日本のみならず、世界においても当てはまるはずである)。京町家は、そうした普遍性と、それぞれの時代と社会に特有の外観と意匠、材料、技術、用途と機能、空間構造、伝統、環境などといった固有性から成り立っている。

2 本書の構成

 「町家」のこのような特質からして、京町家を生み出した母胎であり、また京町家を育み発展させた基盤である平安京・京都の歴史についても、同時に考察する必要がある。
 本書の構成は、こうした「京都<みやこ>」と「京町家<みやこのまちや>」の分かちがたいかかわりと緊密に対応している。「京都」と「京町家」の、いわば相互作用の歴史を読み解くために、まず「京都」の様態と変遷を眺める三つの視軸を設定する。
 @都市「京都」の空間
   「京都」の都市的な特色、都市空間の形態と構造、それらの変遷など。
 A都市民衆の生活空間としての道
   〈公界〉である道は、無縁性に根ざした空間的特質(「平和」・「自由」・「開放」・「公共」)を備えている。
 道は、自由空間、オープン・スペース(公開空地)、パブリック・スペースとして、商業・交易の場、すなわち市=〈町<まち>〉や繁華街、祭・踊りの場となった。道はまた、都市民衆の日常の生活空間であり、都市民衆の地縁自治共同体でもある〈町<ちょう>〉の成立基盤でもあった。
 B都市民衆社会と空間文化
   「京都」の社会的な変化が、「京都」の都市空間や「京町家」に何をもたらしたか。また「京町家」をどのように変えたか。
 都市民衆の文化空間である「茶屋」、「市中の山居」、「下京茶の湯」の空間や、都市民衆の社会的結集の場である上京・下京の惣堂などに注目する。
 また、京町家の発展段階として、外観や間取り、空間構成、建築配置などから以下のような六つの時期区分を想定する。
  T期……平安時代「「「「「京町家の誕生
  U期……鎌倉・室町時代「「京町家の成長
  V期……戦国時代「「「「「京町家の開花
  W期……江戸時代初期〜「「京町家の発展
  X期……江戸時代中期〜「「京町家の成熟
  Y期……大正・昭和期〜「「京町家の変貌
 本書は、従来よくわかっていなかった戦国時代以前の京町家を明らかにすることに重点をおき、T期〜X期の京町家の様態と、「京都」にかかわる三つの視軸を連関させて、それぞれの部と章と節を組み立てている。
 本書においては、史料を少なからず引用している。叙述の根拠として、また歴史的なイメージを豊かにもっていただくために不可欠であると考えたからである。ただ、史料の表現を改めたり、あるいは現代語に意訳したりして、理解しやすくなるように心がけたつもりである。
 「京町家」とその町並みが暮らしや心を豊かにするものであり、また二十一世紀の社会になくてはならない大切な資源であると考える人々に、本書が少しでも役立つことになれば、私にとってこれ以上の喜びはない。

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