土壁・左官の仕事と技術

書評


『Confort』 2002.6月別冊

 著者は左官。本来、職人の技術は、親方から盗んで覚えるべきものとされてきたが、伝統的な工法を用いる現場が激減しているいま、先人から伝承された真の日本の土壁を伝える手引きとなるべく、まとめられたのが本書である。
 壁塗りの歴史、左官仕事と道具・材料、塗り壁工法の下地・仕上げ、実務工程といった章から成り、それぞれに具体的な解説がなされている。美しく、丈夫な壁を塗り上げるために伝えられてきた、細部にまで渡る工夫の数々には驚かされる。まさに、自然の素材を使う知恵である。
 古い壁を実際に見たい人のために、京都を中心とする各地の各建築の案内も掲載されており、左官以外の人のための実用としても役立つ。

『Confort』 2001.6

 大工。屋根屋。建具職等。職名を聞いただけで、どんな分野の作業を担当するかすぐわかるほど、多種多様な職人がいるなかに、左官も含まれる。いまでこそ「壁を塗る職人」という意味が定着しているが、その呼称の由来にはさまざまな説がある。
 木造の伝統工法を支える土壁が、阪神大震災を期に、見直されている。名匠と、いままさに第一線にある壁塗職人が、左官の歴史と工法をつづる。左官仕事のなかみ。
 鏝(こて)。材料になる土の話。知らないことばかりだったが、環境にも溶けこみやすい、呼吸する壁としての、また耐震性にもすぐれている土壁の技術を現代の住まいに活かしたいという職人の心意気が伝わってくる。
 「町家の客間や居間には落ち着いて心の安息ができる色土壁、廊下や炊事、化粧室廻りは明るくてものにふれても強い漆喰や大津壁が施工され、料亭や旅館のように情緒を楽しむ客の求めに応じるためには土壁、数寄屋や茶屋の小間には聚楽系土壁といった具合に、それぞれの風情と使用法の違いによって壁もまた工法、材料、色が定められていたのである」
 このように床しくも伝統的な建築工法が消滅し、施工職人の技能が低下するという危機のなかで、著者は、これまでのものに新しい工法を加えた平成の左官技術を伝承していくことを、若き職人たちに呼びかけている。精進から、技術が実り、名工が生まれ、信頼が活きていく……。その志が職人の一生を決める。


『住宅建築』 2001.5

 本書は、左官の名称とその由来を導入部に据え、歴史をも含め、左官業の伝統と技を一般公開した左官業のディスクローザー・ブックとして仕上がっている。これがいい。京の壁塗職人がつづる。
 著者は「見て、聞いて、盗んで覚えよ」と叩かれながら技を盗み、学んできた60年の作業工法を関西、特に京都を中心とした工法に絞り述べている。ところが、本書の終盤で「誰に聞いても仕事の“コツ”とか“急所”というものは教えてくれず」とも述懐している。
 業種は違うが、ダクト屋である私の父が、70になり、鋏を置くようになったある日、晩酌をしながらこんなことをポツリといったことがある。「職人は見て覚えるもんだ、なんてきれいごとだよ。板取りでも何でも教えたらすぐに覚えられちまうじゃないか。そうなったら独立されちまう、だから、教えねえんだよ」。これは極論だろうが、本書を読んでいると、「バカ野郎!テメー、なんのためにやらせてんのか分かってるのか!」と学生時代、理由も説明されず怒鳴られ続けた記憶が蘇ってくる。「仕事内容をキチッと説明して欲しい」―こんな思いをいだかれる方も多いのではないだろうか。本書は、こうした理不尽さを解消してくれる。納得できる技術伝書となっている。
 本書は、「柱際は鏝先を使って壁土を少し押し込んでおくと、墨打ちや、布連・ひげこ打ちの時にチリが広くなり、作業がしやすくなる」―など言葉で作業上の注意点を指摘するとともに、「いわゆる「貫割れ」が起こるので、これを防ぐため従来から貫伏せという工程を行ってきた」―など理由も示してくれている。
 さらに、鏝について、「新旧にかかわらず、使えるものはすべて使ってみるという姿勢がこれらの左官職にはもとめられているのではなかろうか」―と新しい道具を取り入れる必要性も強調。この積極姿勢にも共感できる。
 専門的な内容なのに読んでいて実に面白い。左官業のみならず幅広く読んで欲しい佳書である。
(小林一郎)

『新建築住宅特集』 2001.5

 シックハウス症候群が騒がれて久しいが、そのせいもあって自然素材による建材が注目を集めている。中でも土壁や左官仕上げは、環境にやさしく呼吸する壁として、健康な暮らしには欠かせない素材といえる。また、阪神大震災の際に耐震性にも優れていることが証明された。本書は、土壁・左官仕上げと職人の歴史から道具や下地・仕上の特徴、現代の住まいに活かすための実務工程上のコツ、京都ならではの数寄屋、土蔵、炉壇工事まで、土壁・左官仕上げについてあますところなくつづられている。コテの種類による仕上げの違いは何か、下地と中塗りの重要性、補修方法など、頭の隅に入れておきたい情報がたくさん収められている。


『民家』 No.18

 最近、地球環境の変化に対応して、健康やリサイクルを考えた思想が普及し、再び左官仕上げが見直されはじめている。 しかし、地場の材料である土を使って作られる塗り壁は決して近代的な工法とは言いがたく、現場ごとの手作業に依存して、手間と時間もかかる。
材料や天候によっても仕上がりが異なり、左官職人も塗り壁の理論や材料を系統だてて教えてくれるわけではない。
以上のことは、私が『民家』11号に書いたが、今回良い本が現れた。著者は左官を職業とする親子二代。
大変分かりやすく、左官道具の説明から材料の種類、その練り方などを説明した後、塗り壁の工法、下地と仕上げの特徴、 そして実務的な仕上げ別の施工例を順序だてて説明してくれている。また、補修の仕方にまで触れている。平成の左官技術 を後世に残し伝承してくれる一冊。
(東京都 清水康造)


『建築とまちづくり』 2001.5

 東京で建築の仕事をしていると、京都の仕事と関東の仕事を比べて上品さの違いが、前者の方が遥かに勝っているとよく話題になる。「いやあ、江戸だってまんざらじゃあないよ」なんて反論もすぐに出されるが、やはり京都はすごいと思うことが多い。
 とくに数寄屋の世界では学ぶことばかりである。経師にしても左官にしてもおもしろい技や、考え方に感動することが多い。
 最近は自然素材のリバイバルで、土壁の良さが改めて見直されている。そしてさまざまな設計者が職人と一緒になって、土壁を試したり、遊んだりしている。土壁をいじってみるとわかることであるが、その表現は無限である。それが実感できるのである。
 この著書は、京都の左官職人親子が書かれた貴重なものである。貴重と申し上げたのは、職人の世界の話は、なかなか文書にならないからである。書けば「こりゃ違うよ」とすぐに反論が来る。それぞれが体験的に身につけているから、違うのが当然である。あるいは、「せっかく自分で発見した技法をそう簡単に外に出してたまるか」という気持ちもある。そんなこんなで、結局なかなか本になることがないのである。だからこの本が貴重なのである。
 記述の中にこんな発見があった。京壁の最も代表的なものに、本聚楽がある。東京では、糊を入れるか入れないかで、「糊差し、水捏ね」と呼んできた。ところがこの本では、「糊捏ね、水捏ね」と呼んでいる。
 最近わたしも現場でよく使う生石灰クリームについても記述があり、親しみを覚えた。ただ残念なことに、仕上げの写真がない。「硬化が始まったらティッシュペーパーで磨く」とある。これもそんなやり方もあるのかと驚いたりした。
 こんな調子で、実技の本はとてもおもしろい。
(ま)

『室内』 2001.5

 左官という職種は、その字を見ただけでは何をする職人なのか分らない。さらに「官」の字がつく。「大言海」によると、宮廷工事の儀式のとき、無位無冠では宮廷内に入れないので、公家の慣習に合せて臨時に仮の官位を左官としたとか、工事の褒美を賜る順が大工、屋根職人、錺職人、壁塗と4番目で、べつに四等官を左官といったためだともいう。もともとは壁大工、壁塗りなどといった職人が「左官」としてはっきり記録されるのは16世紀末のことである。
 左官職は、かつてはなくてはならない職種だったのに、効率優先の世相におされて先細りだったが、昨今の珪藻土ブームなどで、再び見直されているのはご存じの通りである。しかしブームはいつかは過ぎ去るもの。左官仕上のよさが真に理解されなければ、左官が本当に復活することはないだろう。
 それでは左官仕上のよさとは何だろうか。まずはその仕事の全容を知りたい。それには本書が最適である。
 本書は、左官の仕事の何たるかとその仕上の数々を、京都に代々続く左官職の佐藤さん親子が丁寧にまとめたものである。各仕上の材料の配合を細かく示しているから、設計者やデザイナーが読めば、左官仕上を活用する際に役立つだろう。
 そして何より若い左官職人に読んでもらいたい。この道の大先輩である著者が、職人の気構えを説く項は、その仕事を見つめ直す貴重な助言となるはずである。
(暁)

『左官教室』 No.537

 左官に関する書籍は、川上邦基の「日本壁の研究」中村伸先生の「日本壁の研究」山田幸一先生の「壁」等、学術書的なものの他、実用的なものとしては森規矩郎の「左官技法―壁の作り方」鈴木忠五郎さんの「左官工学」等があるが、いずれも若い建築家や戦後の左官職の感覚では、内容的にも表現的にもついていけない面がある。
 その点、このほど出版をみた「土壁・左官の仕事と技術」は、京都で数寄屋茶室の壁を塗る現職の左官親子の共著とあって、古い伝統的な京壁の知識と戦後生まれの若い左官職の新しいセンスがうまくかみあって、われわれの左官の仕事をその歴史的由来から材料、工程・技法までわかりやすくとりあげている。特に、壁仕上別施工例では本聚楽水捏ね仕上から漆喰パラリ仕上、生石灰クリーム仕上まで新旧をとりまぜて20余種の仕上げがその材料の調合と工程をわかりやすく解説、実践応用の参考になる。定価は外税で1,800円、ページは200ページ弱と手ごろで、左官職なら一冊手元におきたい本である。
 

学芸出版社
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