世界の野外博物館

はじめに




野外博物館を活かそう「「「民家の保存・再生・活用への道



 草葺きの民家や古い町並みなど、美しい伝統的な建築物や景観が急速に失われ、このままではやがて姿を消してしまう運命にある。このような伝統文化が滅失してゆく姿は日本だけでなく、世界的な現象になっている。

 わが国についてみると、戦後の農地改革や高度成長期の経済発展から、産業構造や生活様式の変化が著しくなったことなどが大きな要因であり、とくに庶民の生活を無視したかのような無計画ともいえる開発が全国にひろがり、さらに農山村の過疎化も伝統的民家などの減少に拍車をかけてしまった。

 民家は庶民が育ち生活してきた永年の生活経験がにじみでている場所だから、伝統文化を知る上で、かけがえのないものなのである。民家は建物に人が住むことによって生きてくる。民家には民族性・地域性・歴史性などがセットになって関わっている。民家は種々の要素が絡みあってつくられた文化複合体であると定義できる。民家は庶民文化財(民俗文化財)であり、これらが失われていくことを放置することはできない。

 このような背景のもとで、わが国では1960年代に入ってから、民家や民具をはじめとする伝統的な庶民文化財(民俗文化財)の保存問題が注目されはじめた。文化財に指定するためには、精密な調査研究が必要となり、1966年から文化財保護委員会が指定保存をめざして都道府県別の民家緊急調査を開始している。この調査が進んだ結果、民家の重要文化財指定(国指定)が増加し、現在は320件余に達している。これは建築史学の分野で、社寺の修復技術を活かした復元と編年という有力な調査研究法が登場して民家研究が精密化したことや、特定の地域では棟札や近世文書なども活用されたことが、民家研究の発展や文化財指定の大きな力となった。

 1970年代になって、博物館の設立が目立ってくる。規模の大きなものでは、国立民族学博物館や国立歴史民俗博物館があるが、都道府県や市町村でも野外博物館、民俗資料館、郷土資料館、歴史民俗資料館や風土記の丘づくりが盛んに進められた。これは地方の時代の反映であり、文化政策の一環とみることができる。

 町並み保存も「重要伝統的建造物群保存地区」の指定(495町村54地区 2000年・1月現在)をはじめとして、官・民間を含め全国的に活発化している。文化財登録制度による登録文化財も増えつつある。

 また、日本ナショナルトラスト(観光資源保護財団)は先導的なイギリスに学びながら、自然・歴史的環境の保護と活用を目指していて、調査研究や保護事業を進めていることも重要である。

 1970年代後半から文部省で取り組みはじめた「ふるさと運動」あるいは「ふるさと創生論」などとも関わって、最近、まちづくり、地域おこし等々地域活性化対策、あるいは従来の社会教育に代わって生涯教育が重視されている。これらの対策の中で文化教育型ともいえる博物館の建設が注目されている。しかも従来の地域の中で点として考えられた博物館を面的に広げていっている。インドアからアウトドアへという方向が示唆されている。とくに注目されるのは、自然環境と地域文化を一体としてとらえるエコミュージアム(地域生態野外博物館、生活・環境博物館)構想が各地で芽生えつつあることである。

 これらは環境共生への道を先導的に試みているとみることもできよう。

 1977年日本民家集落博物館(日本最初の野外博物館)で開かれた「山村サミット」参加市町村にみられるような草葺き民家集落は、居住環境全体の一貫した保存・再生・活用への動きとして評価してよい。

 古民家など伝統的建築物についてみると、単に建物だけではなく、それらを含む居住環境全体の一貫した保存・再生・活用に向かいつつあるようである。

 このような動向については、いち早く産業革命を経過して、わが国より早く伝統文化の減少を招いたヨーロッパや北アメリカでは、失われゆく伝統文化の保存・再生・活用への取り組みが早く、豊富な経験を蓄積している。本書では、野外博物館のパイオニアであるヨーロッパと、その影響を受けながら特色ある発展をみせる北アメリカの野外博物館を訪ね、その現状を展望する。さらにアジア・オセアニアなど世界諸地域の新しい野外博物館もとりあげ、現場のさまざまなエピソードもまじえて解説する。

 多くの野外博物館は人々に親しまれている。民家の中で昔の暮らしぶりが体験できたり、館内に移築された教会で結婚式をあげることができたり、北米では野外博物館の展示物(民家など)から、若い国の歴史をふりかえる手懸りを得ることもできる。美しい自然環境の中で人々の暮らしに密着し、年齢を問わず楽しく学べる生涯教育の場でもある野外博物館のありかたは、都市と農村の交流を軸にしたグリーンツーリズムとも結びついてくるし、今後のわが国の地域活性化をめぐる諸計画にも大いに参考になると思われる。

 21世紀を迎え、物質的な豊かさだけでなく、心豊かな暮らしぶりこそが、これからの人々にとって重要な価値観になりつつあるといえよう。心なごませる伝統的景観を保存し、環境と共生していく試みの一つとしての野外博物館の可能性を、世界の野外博物館の多くの事例の中から読みとっていただけると幸いである。




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