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日本庭園と風景





はじめに



 庭園の鑑賞方法というものがあるのだろうか。
 私自身は庭園の改修工事の現場から始めて、庭園史と設計を習ってから設計と施工管理をするようになったので、特に鑑賞というものを意識的にしたことがない。庭園を見に行くと「どのような考え方でつくったのだろう」とか、「あの石をあそこに持って行けばもっとよかったのではないか」とか思ったりで、あまり気休めにはならない。すぐれた庭園を見れば「今度つくるときにはあの庭に負けないものをつくってみたい」と堅い決意で帰ってくるだけで、すべて仕事に結び付けてしまう悪い癖がついている。
かなり以前のことだが、作庭の名人と言われる人に「どこの庭園が好きですか」と聞いたことがある。「そら、桂や」という返事が返ってくるのかと思っていると、「酒を飲みながらゆっくり眺められる庭がよろしいでっせ」と、いつも冗談しか言わない人が真顔で答えてくれた。「四国に小さい石をいくつも立てた庭があるんやけど、あそこが一番よろしいでっしゃろな」と言い、御本人が改修中の京都の名園に対して、「この庭では肩が張って、酒なんか飲めまへんやろ」とにやりと笑った。やはり名人と呼ばれる人は庭園鑑賞の仕方もわかっているようだ。
 一般の人びとの庭園鑑賞方法というのはいく通りかあると思うのだが、遊びか心の安らぎを得ようとするのかで全然違ってくる。しかし、望ましい方法はこの両方を合わせることだろう。竜安寺(りょうあんじ)の石庭に向かって座禅する人もいるが、庭園を過大評価しすぎているように思う。
 理想的な鑑賞方法は、庭園をつくった目的に沿うような仕方で鑑賞することではないだろうか。個人の家でも寺院でも来客が庭園を見ることを意識してつくっているから、御馳走を食べたり酒を飲んだりしながら、話の合間に庭園を眺めることが一番良い方法ということになる。これは最も簡単な鑑賞法なのだが、現実的には一番難しいことかもしれない。
普通行なわれている庭園の鑑賞方法は、美しさを味わうということだろう。有名な庭園を春とか秋とかの季節の良いときに訪れると、庭園の方から新緑や紅葉の美しさを示してくれる。別に勉強が必要なわけではなく、親しい友人と語り合いながら庭園をゆっくり見てまわれば、楽しい時間を過ごせるだろう。
こうした鑑賞方法が本来の姿だと思うのだが、庭園のことをもっと知りたいという場合は少し違ってくる。庭園を見る目を養うには、まず最初に評価の定まった有名な庭園を見てまわるのが早道だと言われている。できの悪い庭園ばかりを見ていると何でもよく見えてしまうようになって、本当にすぐれた庭園を見てもよさがわからなくなるものらしい。著名な庭園を一通り見て名園とは何かを体得してから、次に各地の庭園を見てまわるのが正しい庭園の学び方ということになるようだ。
 このようにして経験を積むと、庭園の良さや悪さが一目でわかるようにはなるのだが、残念ながら庭園の持つ歴史的な意味まで理解できるようにはならない。たとえば、なぜ池に石組を置くのか、水を使わずに海洋や河川を表現した枯山水(かれさんすい)はいつごろ出現したのかということは、いくら眺めていても結論は出ない。
 池の石組は本来は海岸の荒磯を表現したもので、池は海を意味するものだったというような基本的な事柄は、庭園の歴史を知れば誰でも理解できるようになるだろう。枯山水は室町時代から始まったもので、寝殿造庭園から発展していったものだということは、簡単には納得してもらえないだろうけれども、庭園史をたどっていくとそのような結論になる。
庭園鑑賞を一歩進めると、庭園史研究の段階に入る。庭園史の研究の面白さはこうした謎を解くことにあるのだが、日本庭園史の本はこれまで数多く出版されていて、入門書的なものも多い。入門書では各時代の庭園の形態がどのようなものであったかを、順を追って述べるのが一般的なようだ。しかし、この本では視点を変えて、庭園と風景との関わりという観点から、日本庭園の特質を考えてみることにしたいと思う。
 庭園を構成する基本的な事物、たとえば、池、流れ、築山、石組、植栽などの起源をたどると、日本の風景との関連が現れてくる。また、さらに庭園全体の構想という点から縮景や借景、立地条件ということを追求していくと、各時代の政治状況や宗教や外国文化の影響など、さまざまな事柄との関連が浮かび上がってくる。日本庭園の混沌とした歴史を、風景という言葉から解きほぐしてみるとどのようになるのかということを、追究してみたい。
これまでの文献研究や発掘調査で明らかになっていることをまとめたいのだが、堅苦しい退屈なものにはしたくないし、わかりきったことを説明する気にもなれない。そこで、定説になっていることよりも、むしろ史料が少なくて論証できないような事柄を、このように推測できるのではないかと述べてみることにした。
 この本は庭園の美しさそのものを問題にするよりも、歴史的に見ると何がわかるのかという、日本庭園史研究という立場から書いた庭園鑑賞のための入門書ということになる。庭園をどう見ればいいのかわからない人、庭園鑑賞が楽しくてたまらない人、庭園の研究がしたい人、そういう人びとが庭園について考える時間をこの本で持ってもらえれば嬉しい。


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