一目でわかる建築計画

まえがき

 建築計画学の内容は多岐にわたる.設計方法,人間工学,環境心理,空間知覚,コミュニティ論,住居論,各種建築,地域計画など,どれ一つを学ぶだけでも大変なのに,これらを一まとめにして議論することになる.教える方も大変だが,学ぶ側の学生からすると「知るべき知識や理屈が多いわりにすぐに設計が上手くなるわけでもない」と,建築計画的な内容を軽視する風潮もある.
 内容の多様さの他にも,このような不幸な理解が生じることに別の原因がある.建築計画が建築を計画・設計していくための学問であるものの,大きく二つの性質の異なる面があり,これを区別しないことによる混乱が建築計画学の誤った理解へつながっているように思える.
 一つは,これまでに培ってきた計画・設計のノウハウを,新たに学ぶ人に体系だって伝達するという側面である.したがって,計画・設計で知らないと困る種々雑多の知識である.教科書や講義で習うものや建築士の試験に出るのは,これである.
 もう一つは,これまでにない,まったく新たな建築の可能性を追求するという側面である.建築計画の研究に携わっている人々が関心があるのが,この領域であり,ときには,これまでの常識を否定したりする.一例をあげると『分居論』がある.家族が一緒に生活する空間こそが住居なのであるという常識に対して,近年では父親が単身赴任し別の都市で生活したり,離れた都市の大学に通学する子供も下宿して家にいないということもあるので,家族が分かれて生活することもあるという前提で住居を考えておこうというものである.どのような分居がありうるか,そのためには,どのような住宅空間であるべきかなど,新たな研究が展開している.このような常識の枠の外の問題については過去のノウハウも役立たないことが多い.むしろ,新たな研究から,過去の常識にとらわれない認識枠組みが生みだされているというのが建築計画学の第2の側面なのである.
 さて,前おきが長くなったが,本書が目指したのは,前者の常識として知っておくべきすぐに役立つ計画・設計のノウハウの方である.わかりやすくするために,第2の新たな知見の方については一切議論していない.読者はまず本書の内容を確実に理解し,設計する際に無意識のうちにできるようになっておいて欲しい.本書は,学習者が直感的に一目で理解し,設計段階でその知識が活用できるようになることに主眼を置いた.そのため,「不都合なこと」と「こうした方がよいこと」を左右にイラストで表示し,イラストだけで基本的には理解できるようにした.
 著者らが,最終的に期待しているのは,本書の内容をマスターし,常識的ノウハウを身につけた読者が,いつの日か,その常識を疑っていただきたいということである.常識や流行に流されずに自分自身で真摯に考えることこそが建築を創造するということだからであり,そのときに,先に述べた建築計画学の第2の側面の意義が理解できると信じている.

著者一同
平成14年7月









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