サイン計画デザインマニュアル


書 評


『病院建築』((社)日本医療福祉建築協会) No.135
 以前、西神戸医療センターの設計中に、著者からサイン計画についてアドバイスを頂いたことのご縁で、著者の学位論文(写真など豊富だが、もちろん白黒印刷)を送っていただいた。「医療施設におけるサイン計画の設計指針に関する研究」(筑波大学;1997.03)である。ちょうど本協会の基礎講座や大学院生対象の授業で、外来部門の講義を行う機会に恵まれたこともあり、著者の学位論文は大いに参考になった。例の空間系・方向系・識別系・説明系・管理系・ランドマーク系というサインの6分類であるが、実はその講義で使用していたこれらを説明するための写真は、J. Malkin のHospital Interior Architecture からの転用であったからピッタリとは対応せず苦しい説明をしていた。今後はこの本を直接紹介できると喜んでいる。
 さて、本書はある仮想の医療施設を事例とした、サイン計画のプロトタイプを示すものとして企図されている。本書を読み進めながら、ちょうど今計画に携わっている病院の其処此処の場所のサインが頭に浮かび、教えられることは多く、その意図は見事に成功していると思う。玄関や受付について忘れられがちな帰路の際の案内や、駅などから病院までの案内地図への距離の表示、方向の違ういくつかの目的地を同じサイン看板にまとめる場合に、矢印の位置をそろえたサインは整っては見えるが判読性が劣ること、時間外入口への案内については、どちらにどのくらい回れば良いのかが分かるように配置図等の空間的表示が必要なことや、エレベータの階数サインに「玄関」を記載することの必要性等々ハッとさせられることは枚挙に暇がない。さらに、診察カード入れや入浴中の札、ナースステーションのカウンター上に置く面会時間の説明サイン(等々)に至るまで、幅広くサイン計画の一環としてデザインしていることや、診療の流れを言葉で説明するのではなくフローチャートで示そうとする試みなど、著者のそんな勢いにつられて、読者もきっとサイン計画の魅力に取り憑かれるのではないだろうか。そう、それを長年気になっていたことが、この本で解決した。それは、和文・英文併記の場合の、おのおのの文字の大きさは同じにしなくて良いのか、という疑問である。答は、この本の後半の理論編に解説されていた。
 この本を読んでいる時に学生が通りがかり、「随分かわいい本を読んでるんですね」と声を掛けられた。確かに装丁も中身もカラフルで絵が中心なのだが、侮ってはいけない。研究と実践の相互のフィードバックの積み重ねに基づくこの本は、実に奧が深かったのである。
(山下哲郎/編集委員長、名古屋大学助教授)

『Singns in Japan』((社)日本屋外広告業連合団体) 103号
 この書の最初の印象は、公共施設を中心としてこれだけ巷にサインが普及しているにもかかわらず、体系的に扱われたものが本当に少ないことを改めて不思議に思ったことであった。一方、これほどまでに手の内を見せていいものかと危惧するデザイナーもいるのではないかと心配にもなった。著者の実作のいくつかで設計者として協働させてもらった評者も、この手の狭量な設計者のひとりであるのだが。
 この書は、冒頭で著者が表明しているように、行動を支援する全体的なシステムとしてサインを捉えていることに特色がある。その点が、事例の集積を主眼とした類書と一線を画している。その範囲は、施設の所在を示すサインから、掲示物の書式にまで及んでいる。著者の提案は、文字情報にとどまらずアートやグラフィックの活用、ランドマーク的な空間構成にまで広がっている。この書に基づいてサイン計画を行うこと、即ち文字通りマニュアルとして利用することによって水準以上のサインを保証するかもしれない。しかし、それは著者の意図するところではないと思われる。サインが建築化し、建築はサイン化するといったダイナミックな構成を、施設の特徴を生かしながら実現することを提言しているものと受け取るべきだろう。
 この書は、ページを繰るごとに良質の絵本を見る時と同じような雰囲気を醸し出している。これはページごとに丁寧に構成されていることにもよるが、著者がサインを大所高所から誘導する装置として考えているのではなく、利用者が施設内で自由に行動する時の、文字通り「道しるべ」の役割を果たすものと捉えていることによると思われる。サインは本来、システムとして構成されない限り単なるノイズになってしまう危うさと、人の振る舞いに対する暖かなまなざしが欠けているととってつけたものになりやすい2面性を持っている。この書は、研究者としての緻密さと、アートの感性を有する筆者がなし得た待望の成果と言えよう。
(葛、同建築設計事務所/古我大作)









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