サイン計画デザインマニュアル


はじめに


1:編集方針
 本書は解説書あるいは多数刊行されているサインデザインの事例集とは全く異なるものである。医療施設を一つの事例としてサイン計画のプロトタイプを示そうとしたものである。しかし複雑なシステムをどのようにまとめれば、興味をもって見て頂けるか、退屈な教科書のようなものは避けたいと願った結果、「湖南総合病院」なる架空の病院を想定し、具体性を持ったサインを、来訪者の動きにあわせて並べることとなった。プランも架空であるが、いずれのサインもわが国の中・大規模総合病院において必要と考えられるものであり、内容的にも一般性のあるものを選んでいる。具体性を大切にし、現場へ直截的に応用可能なシステムづくりを念頭に制作した。これにより、医療施設に限らず、サイン計画全般への認識が深まり、その結果、各種施設利用者の利便性、快適性が高められることを目的としている。
 ところで、筆者らが公共施設とりわけ医療施設と図書館のサイン計画に関与してすでに四半世紀になる。その間、実態調査、判読性実験、国内外の優れた事例の見学、また具体的な場での実施デザインにも参画してきた。実施デザインでは建築設計者をはじめ、現場管理者、施主側スタッフ、実際にサインをつくる施工担当者らとの協力が欠かせないが、そうした活動から得た知見も多い。これらを筆者は論文「医療施設におけるサイン計画の設計指針の研究」にまとめた。本書はそのビジュアル編と位置づけられる。

2:読者
 サインの設置に関わるすべての人々を読者と想定した。サインデザインのプランナー、デザイナーをはじめとして施設の発注者、管理運営者、建築設計者、工事管理者、施工者などを第一の読者と考えた。実際、サイン計画はこれらの人々が共通の認識をもつことから始まる。第二の読者にはサイン計画の研究者やCI計画の指導者、またはそれを学ぶ学生を考えた。
 本書のサイン事例は医療施設を主としているが、システムの組み方や、視覚表現上の留意点、文字表記、色彩など、公共サインに共通している課題も少なくない。そうした点で入門書として、より広く読まれれば望外の喜びである。

3:構成
 先にも触れたが、本書ではサインが空間ごとにまとめられている。はじめて病院を訪れる人が最寄りの駅や交通要所から院内の目的の部門に行き着き、退出するまでを想定し、その間に利用するであろうサインを、一般市街地、病院敷地内の屋外、玄関付近、院内移動空間、外来部門などとまとめた。サイン計画の体系を示すのに最適とは言いがたいが、実態に即した構成のほうが理解が容易で応用しやすいと判断したからである。システムの全体像、色彩、タイポグラフィ、レイアウト等の基準及びその根拠は第3部にまとめた。

4:英文併記
 本書のサインはすべて和英併記となっている。そのためにサインのフェイス(標示面)が複雑になったが、病院ではすでにカルテ等の情報開示がすすんでおり、今後は一般
公共施設も外国人に対して開かれるべきであり、その姿勢の現れと理解していただきたい。ただ並記する外国語がどの施設においても、英語が適切かどうかは検討を要する課題である。筆者はいろいろなケースがあってよいと考えている。

5:形式と色彩
 サインでもっとも重要な部分は情報が描かれる面、フェイスである。本書の図版はほとんどがそのデザインに費やされている。形式については壁付け、突出し、吊下げ、自立、床上、直貼り程度の指示はしているが、支持体の意匠、素材等はデザイナーの感性や、施設の特性、建築デザイン、予算との関係で決めるべきと考え、触れていない。本書は骨格を示すにとどめ、表情づくりは色彩も含めて個々に対処したほうが、良い結果に結びつくものと確信している。したがって本書の色彩は概して恣意的に決められたもので色の見本としてご覧頂きたい。

6:サインの範疇
 サインに掲示板やそれに貼る用紙のデザイン、ギャラリーや職員の顔写真のパネルの提案、またステーショナリー、出版物のデザインなどは含まれない。しかし、利用者にとってサインか貼り紙かは問題ではない。掲出された情報が自分にとって必要か否かであり、少しでも気持ちよく受療でき、入院生活が送れればよいのだ。作る側にしても、こうした提案をサイン計画に含めることで、全体の計画、運営に位置づけやすい。少なくともデザインの専門家なら、デザインとは開かれた秩序の体系であり、環境を構成するすべてのモノや情報が有機的に体系化されるべきとの認識を有しているだろう。要は施設内の情報が活発に行き交う仕掛けづくりに努めることに尽きよう。

7:身体障害者への対応
 医療施設のサインは利用者として健常者を想定できないにもかかわらず、一般の施設と同様のサイン計画が多く見られる。本システムではサインの設置高、文字の寸法、色づかい等でそれに配慮している(第3部参照)。しかし、強度の視覚障害者への対応、例えば点字ブロックの敷設、触知サイン、音声誘導、誘導機器等については細かく触れていない。自治体はそれに関するガイドラインを備えており参考にすべきだろうが、デザインの課題として早急な取り組みが待たれている。

8:電子機器の利用
 第2部の末尾で触れるにとどまっている。筆者の研究不足もあるが、本書の目的がサインのプロトタイプの提示にあるからでもある。情報機器の発達はめざましく、その特徴である情報内容の可変性と、即時対応性を利用したサインはすでに医療施設にも導入され始めている。しかし、いずれも部分的に過ぎなく、コストや運用面からも、慎重にしたい。基幹的なものは今後も本書で示したような、固定した視覚情報が占めると考えられる。筆者が本格的なシステムとしての電子サインを調査したのは、1985年の筑波万博会場でであるが、その後の開発に見るべきものは少ない。駅等に一時期配された目的地への地図をプリントアウトする案内機も、いつの間にか見なくなった。とはいえ、電子機器の可能性は大きく、これも今後の課題としたい。









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