実測
世界のデザインホテル

はじめに

今、日本は空前のホテルラッシュを迎えている。訪日観光客が年々増加する中、ラグジュアリーホテルからビジネスホテル・バジェットホテルまでの全てのカテゴリーにおいて、10年前と比較しても日本のホテルはデザインもコンテンツも大きく変わりつつある。

私がホテル設計を始めたのは2002年頃。「日本にビジネスホテルとは違う新しいスタイルのホテルをつくらないと!」という思いは強くあったが、そもそも当時は共同住宅しか設計していなかったから、ホテル設計のスタンダードもわからない。スタンダードはお手本ホテルを勉強すれば一定のクオリティには届くかもしれないが、その先には決して辿り着けない。ゆえにスタンダードを学びながらそれを超えるために何が必要なのか?という自問自答に、「これは死ぬ気で勉強しなければ…」という気持ちで始めたのが二つの行動だった。

一つは自分が計画しているホテルの周辺にある既存競合ホテルに全て泊まること。これはホテルのスタンダードがわかるだけではなく、競合ホテルはどのような人たちをターゲットにしていて、価格帯の設定はどのくらいで、どんな面積でどういう機能でどういうデザインなのか。そして、それがどの程度ゲストに受け入れられているのかを知ることで、自分のホテル設計にスタンダードをしっかりとつくることができると思ったからだ。

もう一つは当時次々と話題になっていた海外のデザインホテルを泊まり歩くこと。日本ではデザインホテルという言葉は流行していたし、様々な本も出版されていたが、実際日本にデザインホテルはほとんどできていなかった。だから海外に何度も足を運び、スタンダードなホテルと一体何が違うのかを知ることで、スタンダードの守るべき部分は守り、時代にあわせて変化させるべきところは新しいアイデアと見え方を提案する。そのスタンダードを超える化学反応的な変化を自分のホテル設計に取り入れることが必要だった。

その二つを意識して徹底的に行動すれば、スタンダードを超えたデザインホテルは必ずできると信じていた。その時無意識に描きはじめたのが海外デザインホテルのスケッチである。本を出版することなど全く想定もしていなかったし、あくまでも自分の記録用である。写真では収まりきらない感動した情報量をふと残したくなったのだろう。気がつけばいつの間にか20カ国50都市以上を訪れてスケッチしていたことになる。設計打ち合わせの時に、稀にスケッチを取り出してクライアントの前に提示しながら説明すると、ほぼ全員が前のめりになってスケッチを見はじめてくれる。そのうちこのスケッチが独り歩きしはじめて、ありがたくもホテルスケッチ展を開催することにも繋がった。

ただ、私は絵がお世辞にも上手ではないので、スケッチは芸術的でもなければ美しくもない。 ただひたすら「数字と構成」にこだわってスケッチしてきている。寸法を徹底的に測って基本を学び、形状・材料とディテールを徹底的に描きながら、スタンダードを超えた世界観を学んできた気がする。今までの海外のデザインホテルの宿泊累計日数は200泊を超えているが、実はスケッチしているのは100ホテル程度で、泊まったホテル全てではない。WEBなどの情報から目星をつけても、実際に行ってみるとがっかりすることも多いからだ。つまり実物がWEBの写真負けをしている、もしくは完成予想CG負けをしているホテルが半分以上あるということなのだ。ここに紹介するホテルは、写真負けやCG負けとは無縁であり、さらに言うならば基本がしっかりありながらも独特の世界観を持っていて、想像を超えた発見や感動があった41ホテルということになる。

正直、ホテルスケッチは好きか?と問われると答えに詰まるだろう。わざわざデザインホテルに泊まって楽しく過ごすこともなく、ひたすら図面を描くなんてしんどいだけだし、記録写真だけで良いはずなのに、自分がなぜホテルスケッチを描いているのかわからなくなる時もしばしばある。東京下町育ちのもったいない気質が、「高いお金を払って泊まるのだから元取るぞ!」と脳に命令を出しているのだろうか。今となってはそんなことすら考えずに、何かに取り憑かれたように測って描きはじめている自分がいるから、理屈抜きでそれでいいのだ。字が読みづらかったり、適当に描いて誤魔化していたりする部分も多々あるが、このホテルスケッチが新しいホテルづくりにチャレンジしているホテル業界全ての人、またホテルが大好きでたまらない全ての人に、ほんの少しでも何か貢献できるのであれば、とても光栄であり嬉しく思う。

2019年7月
寶田 陵