実測
世界のデザインホテル

おわりに

日本にも最近面白いホテルが徐々に増えてきている。今までは有名チェーンホテルも含めて、以前からホテル運営を継続してきたところが圧倒的に多かったが、最近の傾向は新規参入のオペレーターが増えていることだ。ターゲットは国内の若いツーリストとインバウンド。新規参入ホテルは既存ホテルチェーンとの差別化を図ることに注力し、海外デザインホテルをしっかり勉強してそこにオリジナルなアイデアを加え、チェーンホテルにはないデザインやホスピタリティーを体感できる日本版デザインホテルをリーズナブルな価格で展開してきている。

ここで興味深いのは、今までデザインホテルに興味を示しながらも、自分たちが築き上げてきた老舗ブランドの殻からなかなか抜け出せずにいた既存チェーンホテルの動きである。新規参入ホテルのデザインとそこに市場があることに目を向けたチェーンホテルは、将来のホテル競争に勝てるロードマッピングを念頭に、既存ホテルブランドを残しながらデザインホテルカテゴリーの新ブランドを立ち上げて、全国で横展開を始めている。チェーンのデザインホテルによる新ブランドが狙っているのは、国内ツーリストとインバウンドのアッパーミドル層である。デザインホテルがこれだけ増えていることに比例して、使う側の見る目も肥えてきているから、新規参入ホテルのリーズナブルな価格帯のデザインとホスピタリティーでは、アッパーミドル層が満足できないからだ。そこにチェーンホテルの既存ブランドで築いてきたノウハウと心地良いホスピタリティーは、アッパーミドル層が求めるデザインホテルに活きてくるということなのだろう。

一方で近年“ライフスタイルホテル”という言葉も登場した。デザインホテルから派生しており、宿泊だけではない個性的な共用部を持ち、ユニークなサービスと体験を提供しているホテルという位置づけだ。英語で“Life Style Hotel”をGoogle検索しても、海外の有名なデザインホテルはほとんどヒットしない。「衣・食・住」の充実した生活スタイルをトータルに提案している「ライフスタイルショップ」という言葉が日本人に定着したように、「ライフスタイルホテル」という言葉も日本人の耳に心地よく響く。日本ではデザインホテルの前にデザイナーズホテル(建築家やデザイナーが入ってコンセプトからデザインしたホテル)という言い方が世に広まっていたため、デザイナーズホテルとデザインホテルの違いが明確でなかった。これに対してライフスタイルホテルは定義が明快で、テーマ性のあるデザインと宿泊以外の充実した付加価値が滞在自体を楽しませてくれるホテル、ということなのである。そこを建築家やデザイナーがデザインしているのはすでに当たり前であり、「ホテルはどこでも良い」から「ここに泊まりたい!」と思わせる“ディスティネーションホテル”(滞在そのものが旅の目的になるホテル)に変わりつつあるのだ。

また、そこには今までのラグジュアリーホテルとかビジネス・バジェットホテルのカテゴリーは存在していないのが特徴である。どんなに小さいホテルでも共用部が充実していて、ホテルラウンジはデザインホテルのようにダイニングやバーを併設し、そこでしか飲むことができないクラフトビールなどのお酒やホテルテーマに合わせた定期的なイベントを仕掛けたり、あるいはルーフトップバーを設けて夜景を堪能できるイベントを開催したりするなど、ソフトサービスを提供するための器がしっかりできている。一方で客室もゲストの滞在をワクワクさせるような新しいデザインと新しい発見が散りばめられ、ゆったり2人で過ごす客室から大人数で泊まれる2段ベッドを備えた客室まで、幅広いバリエーションを持って様々なゲストのニーズに対応できるようにしている。

あるフランス人の経営者が「日本はいろんなものを組み合わせ、それを独自に進化させて新しいものをつくりだす力がある。その能力は世界でも日本が一番長けている」と言っていたのがずっと頭の片隅に残っている。ライフスタイルホテルが今後日本で定着するかどうかは未知数だが、こういう面白いホテルが日本で増え続け、私が海外のデザインホテルで感動したように、日本発のデザインホテル・ライフスタイルホテルで国内外のホテルゲストの日常がもっとエキサイティングになると信じたい。だから時代をタイムリーに捉えるためにも、今後も面白いホテルが完成したらすぐに泊まりに行き、ライフワークとしてホテルスケッチを描き続けるだろう。今後は日本のデザインホテル・ライフスタイルホテルでのスケッチも徐々に増えていくことを自ら期待したい。そのためにも、ホテルづくりに携わっている人たちと協力しながら、総力を挙げて日本のホテルをもっと独自に進化させていきたい。

2019年7月
寶田 陵