テキスト建築計画


もくじ


これからの建築計画に際しては,「安全」や「快適」「合理性」といった空間性能の前提として,その建物を使うであろう人々の活動を捉えなおすことが重要だと考える.なぜなら,現代に生きる人々の年齢別構成や家族の概念,ライフスタイルや社会価値は大きな変化の途上にあり,これに対する“建築のありよう”をもう一度位置づけなおす必要が出てきたからである.そして,「建築計画」という枠組みのなかで,これを伝える方法や表現もまた変わらなければならないと考えた.それでは,これからの建物をよりよく計画するにはどのような知識や視点が必要だろうか.本書はそうした疑問に対して,これまでの建築計画の教科書の多くとは若干違った切り口で答えようとしている.

その一つの答えは,“活動フレーム”という説明概念の提唱である.“活動フレーム”とは,人が活動する様子をその周囲の状況を含めてとらえ,そこに生じている建築空間と人との関係を解釈することで,計画のありかたを考えようという提案である.そして,建築空間とはこの活動フレームの受け皿となる空間(場)の総体として位置づけることにした.この概念を整理するにあたっては,これからの建築計画分野に責任を負う中堅・若手の研究者や教育者,設計者が熱心な意見交換を行い,多様な立場からの考えを収斂するかたちで活動フレームという説明軸にたどり着いた.第1章にはこれらの考えかたが詳細に説明されている.

本書でのもう一つの答えは,章と節の構成である.2章から8章まではさまざまな建築に対する具体的な計画説明を行っているが,この部分は,いわゆる建築種別ごとに説明をしている従来の多くの教科書と比べ,紙面体裁や説明手順が大きく異なる.各節の冒頭には建築空間で行われるさまざまな活動を大きな写真イメージとして掲載し,続く本文では「活動フレームに対応した場」として,これらの活動フレームが展開するための場のありかたを写真イメージと活動フレームを併用して説明している.さらに,「場と空間の組み立てかた」として,活動の総体が円滑に実現するために場と空間どうしがどのような関係にあればよいか,その組み立てかた(全体計画)について説明している.最後に「建築類型への適用」として,こうした活動フレームや活動の総体(活動フレーム群)が既往の建築種別の枠組みではどのように制度づけられているかといった内容について,歴史的経緯や今後のありようなども含めて説明している.このような方針で編集・執筆した結果,意図したわけではないが,従来の多くの教科書とは全く逆の説明手順となった.文末には建築事例を紹介しているが,これは本文を理解するに最も適した事例の掲載としており,本文中の説明にも積極的に引用されている.また設計資料としての活用も視野にいれ,設計事務所や関係各所のご協力をいただき,できるだけ鮮明な図面の掲載を心がけた.

なお,それぞれの建築が持つ多義性や多様性についてできるだけ説明していくことを共通の方針とし,それらの積極的な記述は執筆者の専門的な判断に委ねている.本文中のコラムや傍注には,執筆者が特筆したいテーマや語句の説明を記述した.この部分には専門家としての執筆者の強いメッセージが込められており,建築計画・設計に関する“専門への扉”が隠されているといっても過言ではない.例えばその建築の魅力や最新の課題,あるいは計画・設計へのアドバイスなどのトピックが多彩に記されているので,この部分も是非一読していただきたい.なお,2〜8章については少子高齢化の現代を前提として,高齢者やこどもの活動をテーマにした建築に多くの紙面を割いている点も本書の特徴として付け加えておく.

9章と10章についても従来の教科書には例を見ない内容構成としている.9章は都市空間と建築の関係について説明しているが,ここでは建築空間から拡がっていく活動の受け皿として,外部空間の計画方法を説明している.つまり建築の内部と外部を連続する活動という視点でとらえ,その観点から外部空間のありかたや具体的な計画方法を説明している.続く10章は計画の基礎知識の確認として位置づけた.この章では,1〜9章にある関連事項との対応を双方の注釈で明示することで,基礎知識がさまざまな建築の場面と関連づけて理解できるよう,また読者の必要に応じて適宜参照できるように工夫している.

本書は当初,初学者を対象とした内容レベルに設定されていたが,最終的にはその域を十分超えた出来上がりとなった.これは,限られた紙面に建築計画の魅力や奥深さをできるだけ盛り込みたいという執筆者の熱い思いがあったからに他ならない.このようにして生まれた本書が,建築計画や設計を学ぶ学生の一助となるならば,執筆者一同これにかわる喜びはない.

最後に,本書の企画・執筆にあたって適切かつ貴重なご意見をいただきました工学院大学の山下哲郎教授に深く感謝申し上げます.また建築取材,図面提供,図版作成,掲載許可などについて多くのみなさまにご協力をいただきました.この場をかりまして深く感謝の意を表する次第であります.

 平成22年1月 
執筆者を代表して 
川ア 寧史 
山田あすか