パネルディスカッション


講演を聞いて

大河直躬



文化財が所有者やまちの誇りになってきた

 西村先生は歴史的な都市景観がご専門ですので、都市景観を中心にした最近の新しい動きをご紹介くださいました。確かに歴史遺産・文化遺産という点では、私も日本が変わってきていることを痛感しております。
 私は建築の歴史とか古建築の保存が専門ですが、その面からみて気がつくのは、以前は保存というと国とか県や市町村や専門家が上からやってきて、その後で地域の住民の中の非常にアクティブな方が保存運動を起こされていました。最近はそうではなく、市民というか、一人一人の人が先に動き出しています。
 例えば朝日新聞は毎週金曜日に「ふるさと通信」という欄を掲載していますが、最近は毎週必ずといっていいほど各地の新しい動きが一つないし三つくらい出ています。昨日は、岩手県の山村で茅葺きの農家、それも100年くらいのわりと新しい、あまり珍しくない農家を保存するという記事でした。しかも保存のために屋根の茅を村民の人が一束ずつ持ちよるということが書いてあります。
 四国の野村町でも今から二年ほど前にやはり一万何千束という茅を三年がかりで集めるという動きがありました。今はもう出来ています。また文京区は特に盛んですが、大正、昭和の前期あるいは明治の住宅を今までずっと持ち続けてこられた方が、積極的に登録文化財に登録したいとおっしゃるんです。従来は文化財に指定するとなると、生活に不便だとか、補助金がどうだとかいった話がまず出てきたのですが、いまそういう方に会ってお話を聞いても、お金の話を少しもなさらないのです。私もびっくりするほどです。
 要するに自分の家の誇りというようなことが中心になって、残していこうとされている。ずいぶん変わってきたと思います。
 また先ほど登録制度のことを西村先生がおっしゃいましたが、この制度も出来るまでは専門家の間で色々議論がありました。果たして普及するかどうかということも疑問視されていましたが、登録したいという方が全国でかなり出てきています。それから、面白いことに市町村でも自分たちで登録制度のようなことをやろうというところが、かなり出てきているのです。私の知っているところでも、神戸とか京都など大きなところ、また千葉県の佐倉もそうです。
 そういうところは国の登録制度をやっていても面白くないというのですね。自分たちの町でやれば、もっとやりがいがあると言います。


物中心の保存から伝統や習慣の保存へ

 日本は不思議な国で、何か一つ新しい制度とか取り組みができると、一生懸命やるのです。これは日本の偉いところで、おそらく日本の町並み保存はヨーロッパのレベルを越しつつあります。ただ、やはり国それぞれに違ったやり方があるわけで、ヨーロッパとかアメリカは、建物という「物」が中心です。しかし日本の場合はそれだけではなく、そこで行われている生活を継いでいこうということが、どちらかというと主になっている。これは一般の文化についてもそう言われています。西は物中心の文化であって、東は物中心というよりも伝統とか習慣を大事にしていこうということが過去に対する態度にあるわけです。ですから、日本のやり方はアジアの諸国にあっているようです。去年の暮れに台湾に行ったとき、台湾の方は是非登録制度をやりたいとおっしゃっていました。
 また今年(98年)の夏に中米で会議があり、フィンランドなど北欧での民家の保存の報告がありました。北欧では民家の保存が世界で一番早くなされている、前世紀の末から今世紀の初めに始まって、民家の博物館もたくさんあるということをスライドで説明されました。しかしスライドを見ていますと、村の中に保存してある民家が荒れ果てているのです。物として残っているけれども誰も使わない。誰も改修しない。小さなチャペルも残っていて、ペンキも塗り替えてあるのですが、敷地の後ろ半分はドラム缶や何かのゴミ捨て場になっていました。町並み保存の法律はあるのだけれど、指定したものは一つもないとかいった話しも出ていました。ヨーロッパでも、物の保存だけでは行きづまっているようです。
 一方アメリカでは、ランドマーク等を国や州が強権的に指定できるわけです。しかも州の文化財担当の役所とか委員会が指定しないと、今度は住民投票にかけることができるのです。保存についての提案が1千人か2千人くらいの署名で住民投票にかけられます。選挙の用紙を見ると、こういう住民投票が、いっぱい後ろについています。
 同じようにすべきだという事ではありませんが、互いに良い点は学ぶべきだと思います。
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